世界アルツハイマーレポート 2020

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概要

デザイン、尊厳、認知症

リチャード・フレミング博士  オーストラリア ウーロンゴン大学理学・医学・保健学部名誉研究員。
カースティ・ベネット建築学士(優等)、 老年学準修士、神学士(優等)、王立オーストラリア建築家協会フェロー(FRAIA)、建築家、オーストラリア メルボルン在住。
ジョン・ザイゼル博士、優等理学博士、 ハース・ストーン研究所及びアイム・スティル・ヒア財団創設者。

当初、このレポートは「認知症と構築された環境」というタイトルになる予定でした。 しかし、最終的なまとめの段階において、国際的な専門家の書いた12万語を超える文章を読み、その編集と議論を行い、またデザインの原則というものが、様々な物事が成り立つ中でどの部分に調和していくかを懸命に理解していく中、「認知症と構築された環境」というだけのタイトルではもう適当とは考えられなくなりました。 余りに硬直的で動きがなく、認知症のみに焦点が当てられているのです。

方向性は、ある言葉から浮かび上がってきました。認知症と共に暮らす人に向けうまくデザインすることの目的とは、そういった方々が人間としての可能性を最大限に発揮できるよう支援することだ、という言葉です。 言われれば当然のように思えますが、「初期」の章を読めば、常にそうであったとは限らないことに気付いてもらえるでしょう。

「人間としての可能性を最大限に引き出す」というフレーズは、広い分野に渡るものです。人権、包括的デザイン、文化的影響についての章では、これがデザインの分野で何を意味するのかについての様々な側面を掘り下げています。 デザインの原則についての章では、人権を享受するという包括的な目標と、床仕上げの選択などのデザインの詳細な作業を橋渡しします。 もし概念に大きさがあるのであれば、これは非常に大きなものであり、そしてその焦点は尊厳にあります。

こうして、タイトルを発展させたのです。トム・キットウッド氏の例に倣い、「認知症」を最後に置きました。 レポートのトピックである「デザイン」は最初に。そして、真ん中にある「尊厳」は、最も重要な焦点です。それこそが、様々なことを可能にする建物を提供することで、我々が認知症の方々と協力して達成しようとしている目的なのです。

このレポートには、58名・計17か国からの様々な寄稿が掲載されていますが、そこにも物語があります。 以降数ページは、そういった物語の概要説明となるので、読者が興味のあるポイントを見つけるための足がかりとしてください。

 

デザインの原則

他の様々な分野と比較すると、認知症の方に向けたデザインには大きなナレッジ・ベースがありません。 それにも関わらず、非常に多くの見解があり、また、考察や文章を構造化するのに、ちょっとしたデザインの原則を全般に利用してもらえれば、この分野でレポートを書くことはこれまでより簡単になるだろうという事実もあります。 最初の章では、読者に一連の原則を紹介し、このレポートへの寄稿を構造化するのに役立つツールとして、それらを受け入れるための論を慎重に進めていきます。幸いなことに、デザインの原則の利用がトピックに関連している場合には、寄稿者は、文章を構造化するにあたり、第1章で説明されたものを使用し、認知症の方に向けたデザインに関する将来の体系的な議論の基礎を築いていると考えらえます。

この章では、人間の可能性を最大限に引き出すという高次の目標と、ドアノブの選択に至るまで、構築される環境の細部を設計するにあたり関係する基本的ながら重要なタスクとをつなぐ、連鎖の接点としての原則の機能についても説明します。

※ある議論の中で、ジャン・ゴレンビエフスキーが指摘。

簡潔に言えば、この章においてデザインの理由を知ることからデザインの方法まで進んでいく中で、認知症の方に向けたデザインとは、初めから終わりまで、尊厳がなければならない旅であるということを初めて示しています。

 

認知症の方に向けたデザインの原則

  • リスク軽減は目立たぬように
    認知症の方が、自分の生き方を追求し、能力を最大限に活用していくためには、安全で移動しやすい内外の環境が必要です。 段差などの潜在的リスクは取り除きましょう。 フェンスやドアの施錠など、あからさまな安全機能により、フラストレーション、興奮や怒り、あるいは無気力や抑うつをもたらす場合があるので、すべての安全機能は目立たないようにする必要があります。
  • 人に合わせたサイズで
    建物の大きさは、認知症の方の行動や感情に影響を与える可能性があります。 大きさの体感は、次の3つの主要素に影響されます。遭遇する人の数、建物の全体的なサイズ、および個々のコンポーネント(ドア、部屋、廊下など)のサイズです。 周りの大きさに驚かないように、そして複数のやり取りや選択がないようにしなければなりません。 むしろ、サイズによって幸福感を促進し、能力を高める必要があります。
  • 見れるように、見られるように
    理解しやすい環境を提供することで、混乱を最小限に抑えることができます。 認知症の方にとっては、自分がどこにいるのか、どこから来たのか、そしてどこに行けるのかを認識できることが特に重要です。 居間、ダイニングルーム、寝室、台所や屋外などの重要な場所を見ることができれば、より多くの選択をしたり、行きたい場所を見ることができます。 これらの機会を提供する建物は、「視覚的アクセスに優れている」と言われます。視覚的アクセスに優れていることで、エンゲージメントの機会が広がり、認知症の方に自身のいる環境を探検する自信が与えられます。また、スタッフが居住者を見ることもできます。 これにより、居住者の福利厚生に対する職員の不安が軽減され、住民の安心感が得られます。
  • 不要な刺激を軽減
    認知症の方は、刺激をフィルタリングし、重要なものだけに注意を向けるという能力が低下するため、大量の刺激に長時間さらされることでストレスを感じるようになります。 不必要な騒音や競合する騒音、居住者に不要な標識、ポスター、スペース、雑然とした状況など、居住者が特に必要のない刺激に晒されることが最小限に抑えられるよう設計するようにしましょう。全ての感覚を対象として考慮する必要があります。 視覚刺激が多すぎると、聴覚刺激が多すぎるのと同じ程度ストレスがかかります。
  • 役立つ刺激を最適化
    認知症の方が見て、聞いて、嗅ぐことができるような、自分がどこにいるのか、何ができるのかについての手がかりとなるものがあれば、混乱や不安を最小限に抑えることができます。 多くの手がかりを提供すること、つまり、ある人にとって意味のあることは必ずしも別の人にとって意味があるとは限らないことを認識して、同じものに複数の手がかりを提供することを考慮する必要があります。 簡単な方法は、標識にテキストと画像を使用するというものです。 より複雑な方法は、家具、壁の色、照明器具のデザインや寝具によって寝室を認識するよう促すものです。 雑然とならないよう、また刺激が過剰にならないよう、手がかりを注意深くデザインする必要があります。
  • 運動とエンゲージメントをサポート
    意図を持った運動によって、エンゲージメントを高め、健康と幸福を維持することができます。 障害物がなく、また複雑な決定を行う必要のない、分かりやすい経路を提供することによって奨励されます。また、それによって、様々な活動や社会的交流に参加するための興味をひく場所とその機会が示されます。 ここでいう経路とは、内部と外部のどちらもを指しており、これが、天候が良い場合に外に出る良い機会と理由となります。
  • 見慣れた場所を作る
    認知症の方には、自分になじみのある場所や物の方が使いやすく、楽しむことができます。 なじみを感じさせる建物のデザイン(内部および外部)、家具、付属品、色彩環境を使用することで、自身の能力を維持する機会を与えることができます。 居住者の個人的な背景を環境に反映させる必要があります。 認知症の方が、なじみのある物で環境を自分好みにすることも推奨されます。
  • 一人になれる機会、他の人と一緒にいられる機会を作る
    認知症の方は、一人で過ごすか、他の人と過ごすかを選択できることが必要です。 このため、静かな会話向けと大規模なグループ向けのスペース、そして一人でいることができるスペースといった、さまざまなスペースがユニット内に必要となります。 内部と外部の空間に、読書する場所、窓から外を見る場所、話す場所など、さまざまな特徴を持たせれば、関連する活動へ参加するきっかけとなり、またさまざまな感情的反応を刺激することとなります。
  • コミュニティへの架け橋
    認知症の方は、自分が誰であるかを常に思い出さなければ、アイデンティティの感覚を失ってしまいます。 友人や親類と頻繁に交流することで、そのアイデンティティを維持する助けとなります。 訪問者が気軽に立ち寄ることができ、また交流ができる場所にいることを楽しめるような環境であればあるほど、このアイデンティティの感覚はより強化されます。 そのような場所は、訪問者がやって来て時間を過ごしたくなるよう、興味をそそり、快適である必要があります。
  • 生き方の理想像に応じたデザイン
    ライフスタイルの選択、またはケアの理念は、施設によって異なります。 中には、日常生活における通常の活動への参加に焦点を合わせ、キッチンに機能制限をもたせない施設もあります。 また、完全なサポートとレクリエーションという考えに注力する施設がある一方、健康的なライフスタイル、また時には精神的な内省に重きを置く施設もあります。 施設での生活様式とデザインされた建物は、ライフスタイルを支援し、それが居住者とスタッフにはっきりと分かるよう、明確に提示する必要があります。 建物がケアの理念を具体化していれば、スタッフはいつでもその価値と実践を思い出すことができ、またそれによって仕事に必要なツールを提供することができます。

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