世界アルツハイマーレポート 2020

文献資料

ここまで、デザインの原則が取りまとめの枠組みとして有用であることを確かめてきましたが、次は文献資料のレビューに移ります。 このセクションの寄稿者は、ADIがこのレポートの中心として指定した領域である居住型介護、病院での介護、家庭向け住居、デイケア、公共の建物をテーマとして取り扱っています。

ステファニー・ハリソンは、「居住型介護を受ける認知症の高齢者に対するデザインと構築された環境」で、原則の適用に対する思慮深い批評を行っている。彼女は多くの研究に存在する弱点を指摘してはいるが、それでもなお「高齢者の居住型介護において構築された環境の質は、居住者の有意義な活動、行動、生活の質に肯定的な影響を与える可能性があることを示唆する十分な証拠がある」との意見である。高齢者の居住型介護における環境を、居住者が屋内外の活動に参加しやすくし、居住者にとってなじみのある環境を作りながらさまざまなスペースを提供するのに役立つものにすることは、より良い生活の質に関係します。 トム・グレイは、

病院の多くは、認知症の方の介護ができるようにデザインされていない、

とりわけ「大規模で入り組んだ救急病院では、人に合わせたサイズでの設計が難しい」と言います。 彼は、身体の衰え、身体の動きやすさ、視力や聴力の悪化、概日リズムの問題などの加齢に伴う変化と並行して認知障害に注意を払う包括的なアプローチが、認知症にやさしいデザインであると説明しています。 これらの認知的、身体的、感覚的な問題、そして加齢に関連する問題こそが、認知症にやさしいデザインを下から支えているのです。 彼は、認知症に特化した研究とデザインが、ナレッジ・ベースの発展にいかに貢献しているか、また認知症の方だけでなく、あらゆる年齢やサイズ、そして能力や障害を問わない幅広い患者、訪問者、スタッフのサポートに貢献するであろうかということに、刺激を受けたと言っています。

また、ユニバーサルデザインの手法と健康生成論的デザインによる貢献を強調しています。 様々な意味があること、管理のしやすさ、そして分かりやすさを通じ、健康生成論的デザインを目指す一貫性を追求することによって、健康に関わる建造物に対し有益なデザインの枠組みを提供することになると述べています。 そして、日光などの自然物がストレスや痛みに及ぼす治療上の影響を認識することで、鎮痛を目的とした医療を低減することになるという背景を明らかにしています。

認知症の方に対する居住型介護及び病院介護は、決して好ましい選択肢とは見なされていません。 より支援に適した家にするためにデザインすること、またはより一般的には、改修することの有益な効果についての証拠が増えてきています。 アッシュ・オズボーンは、「認知症の方を支援するための家の改修」で次のように述べています。「家の改修を推進するビジョンは、ごく簡単に言えば、様々な物を今まで通りに、可能な限り長く保つことです。 認知症によって人生に問題が生じたとしても、認知症の方が、自分の家に刻まれたこれまでの生活との関係を慈しむことができるようにすることなのです」。

現在ある文献資料によれば、家の改修は、認知症の方の安全性、快適性、自立性を最適化し、介護者の負担を軽減しながら介護の質を高めることができる戦略であるという結論が支持されています。

コミュニティ内で適切な住居の選択肢を提供することにより、在宅での介護や社会的介護の組み合わせで、認知症の方が自宅で老後を過ごすことができ、居住型介護への移行を回避または延期することが可能となります。

デイケアセンターは、自宅に住む認知症の方を支援するために必要な社会的介護の一つです。 このレポートの第2巻のケーススタディは、デイケアセンターの価値が国際的に認められていること、低中所得国での支援の提供がデイケアセンターと関連していることを示しています。

ジェイソン・バートンは、「デイケアセンターのデザイン」において、デイケアセンターのデザインに関する現在の知見を確認し、また成功するセンターをデザインするにおいて、原則をどのように活用すべきかに関する多くの実践的な助言を与えてくれます。 彼は、デイケアセンターでのサービスが目指す役割と結果を理解する必要があることを強調しています。 これらの明確なビジョンがあれば、介護の理念、サービス提供のモデル、スタッフの能力とスキルセット、そして物理的環境のデザインを発展させ、サービスとそのユーザーの目指すところを達成するため、相互に補完させることができます。 また、物理的環境とサービスモデルの不整合により、サービス目標の達成が難しくなることが多いと述べています。 例えば、リハビリテーションと身体的健康に焦点を当てたサービスモデルは、小さな家向けのデザインではうまく機能しない可能性があります。有意義なエンゲージメントを通じ、個人であることの幸福とその感覚の強化を目標としたモデルでは、大きな集団での活動や受動的な娯楽活動を提供するために設定された大きな建物では実現が難しい場合があります。

彼は、デイケアセンターを、コミュニティの繋がりを助けることとなる、世代を超えたプログラムや意図的な活動の機会を提供する、コミュニティ活動のハブと見なしています。 例えば、彼は、利用者を危害から守りながらも、選択と移動が最大限自由に行えるようスタッフがしっかりと支援できるよう、リスクを目立たないように減らすため、デザインの原則を体系的に適用することを推奨しています。 またデイケアセンターは非常に騒がしく活動的な場所である可能性があるため、環境内の刺激を注意深く管理できて、センターから庭へ移動する際に視線が邪魔されないようなデザインとすることも推奨しています。 これは意図を持った動きを支援し、不快感を軽減するために極めて重要です。

認知症の方、またその可能性のある方の生活において、コミュニティでの生活を支援する上での公共の建物や空間の役割については、これまでに調査が余り行われていません。 文献資料も少数しかなく、特に認知症にやさしい町や都市の推進という文脈においては、その影響が感じられ始めている程度でしょう。

デニス・フロストは、オーストラリアのニューサウスウェールズ州南海岸にある町に住む認知症の方です。 彼は、公共の建物と空間のデザインに関する4つの主要な記事に回答し、世界保健機関の「高齢者にやさしい街」に関する領域、(デザインの原則から導かれる)認知症にやさしいデザインに関する領域、そして時間の経過に伴う空間理解の変化の間にある関係性を扱う三次元マトリックスアプローチを提示することで、当該分野に寄与してきました。 デニス自身、ある場所を理解するのに、光、活動、気温の具合など、季節毎、週毎、日毎の変動によって大きく左右されることが分かってきましたが、これらが文献資料で説明されることはめったにありませんでした。

デニスは、次のように考えています。

「私達が年を取った時に期待することは、自分が選んだコミュニティで年をとって行くことで、同じ性質を持つと思しき人々で構成された、「専門的な」ごく小さな集団に預けられてしまうことを望む人はいないでしょう。」

彼は、認知症の方がそういった選択をするできるよう、様々なことを可能にしてくれる、立ち寄りやすい公共の建物をデザインする方法に関する知見が広がっていくことを楽しみにしています。
“総じて、認知症の方向けのデザインに適用できる有用なナレッジ・ベースは存在します。
ただそれも、最も発展しているのは居住型介護の分野であり、他の分野での発展を加速する必要があります。

次のセクションでは、そのナレッジ・ベースを手に入れる方法について説明していきます。

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