世界アルツハイマーレポート 2020

初期

1980年以前、高所得国にいる認知症の方の介護については、病状の医学的側面とその結果としての画一的な手法による治療に重点があることが特徴でした。
ジョン・ザイゼルの「認知症ケアのデザイン」において、「草分け達と教訓」の部分で、1980年代から90年代において、このモデルに反発した先駆者達のパラダイムシフト的な取り組みについて説明しています。彼らによる革新的な建物は、研究結果を体系的に適用したというよりも、直感と試行錯誤の結果ではありましたが、それらを作り上げるにあたり、研究のためとなる背景を提供しました。
ほとんどの場合、調査は小規模で、居住型介護に基づいており、居住者が自分の部屋のドアを判別できるよう「シャドー・ボックス」を導入するなど、特定の介入に重点を置いていました。
しかし、居住型介護センターの研究、デザイン、運営はすべて、自宅のようなより家庭的な建物の提供を後押しする方向へと進んでいきました。
それらすべてが示す所は、適切な条件が与えられれば、認知症の方でも、これまでのシステムで彼らに与えられたよりもはるかに高いレベルの自主性をもって、充実した生活を送ることができるということでした。”
先駆者達は、知識が少ないことに苦しんだだけでなく、次のようなことにも直面していました。

それは、居住型介護向けの建物のデザインに関して、これまでの規則を変えた方がよいということを規制当局に納得させるという難題でした。

居住型介護向け建物とは、認知症の方が、治療を受けるというよりもむしろ住むことになる場所です。これらは、認知症の方が料理をすることのリスクを巡って、キッチンを含めるかどうかでしばしば議論が争われました。
また別の革新的なことといえば、最低限、窓から通りを眺めることができるようにすることで、認知症の方がコミュニティとつながり続けられるようにすることでしたが、認知症のない方との一緒に買い物をしたり、生活するなど、更に深く踏み込んだ方法で行われることもありました。
私たちは、認知症の方は完全な市民権を持ち、自分の家に住む権利を有するべきであると確信しているが、これら初期の間にその基礎が形作られたのである。

先駆者と革新者

ここまでレポートを読んできた読者であれば、いくつかの重要な章を読んでいることでしょう。
そこで、我々が認知症の方の尊厳という包括的な目標とドアノブの選択を結び付け、認知症の方に向けたデザインに関する議論を体系化していき、そして居住型介護センター、デイケアセンター、病院、公共の建物、そして家庭向け住宅のデザインにおける私たちの取り組みをサポートするような、エビデンスの蓄積に関する長所と短所を認識するにあたり、デザインの原則という概念が我々にどのように働きかけてくるかを、読者に考えていただきましょう。
そしてそこから、ますます在宅介護が注目されていく世界において、ナレッジ・ベースが役立つためには、多くのことが分かってきている一方で、居住型介護の外へさらに目を向けていく必要があるという認識に至ることとなります。
また、認知症の方に向けたデザインの先駆者達と認知症の方達が直面した課題を提起され、あるいは思い出させられることでしょう。
次のセクションでは、これまでの難しい読み物から離れ、2人の先駆者(マギー・カルキンズとクレア・クーパー・マーカス)、3人の革新的な建築家(アレン・コング、ピーター・フィッペン、マイケル・マーフィー)、3人の変革者(ジャネット・スピアリング、ウィルヘルミナ・ホフマン、アラン・ディラーニ)との一連のビデオインタビューを見ていきましょう
これらの人々はユニークですが、限界を押し広げ、より効果的なものを見つけてそれを実践することにあくなき情熱をそれぞれが有しています。
知識の共有ができればこそ、彼らもまた最も幸せなのです。

権利とインクルージョン

インタビューで示されたデザインを改善することへの情熱は、認知症の方々に自身の権利である尊厳をもたらすにあたり、様々な人権協定が果たさなければならない役割に対する認識が高まっている国際舞台に反映されています。
このレポートの中心的な目的は、認知症の方に向けたデザインを、人権と障がい者の権利、両方の視点を通して認知症を見るという動きが高まる中に位置づけることです。
「人権、デザインと認知症:包括的アプローチへの移行」の章で、ケビン・チャラスは、人権はすべての人間に適用され、認知症などの認知障がいを持つ人々に例外を設けるべきではないという原則を強調しています。

環境デザインの適用範囲を、医療モデルから、より社会的に包括的かつ権利に基づく枠組みへと拡大することが、認知症の方々の権利の実現の中心にあります。

デザインは、神経学、心理学、認知、行動、社会、文化といった面における、認知症の人々の多様な特徴を受け入れる上で、重要な役割を果たすこととなります。
インクルーシブ・デザインは、ユニバーサル・デザインやアクセシブル・デザインとは異なり、障がいを補うことよりも、スキル開発のための能力、ノウハウ、そして適性を最大化することに重点を置くことを奨励しています。
ケイト・スワッファーは、「障がい者の権利、可能にするデザインと認知症」で、身体障がい者向けに行われる環境における改修の進歩と、認知症の方向けに行われているものとの比較を描くことによって、このメッセージを強調しています。

ドイツでの経験を例にとると、アンネ・ファーゾルドらは、社会的インクルージョンにおける生活のコンセプトと可能性に関する批判的な考察である「長期介護環境における認知症の方に対する差別とその排除」において、認知症の方に居住型サービスを提供する際の一般的な形式として、差別を助長する高所得国の傾向を批判的に考察しています。この章では、さまざまなケアの概念と、認知症の個々の居住者に認識されている利点と制限の両方に基づいて、生活環境が世界中で大きく異なって実装されていることを概説します。
一般的なものには、オリエンテーションの補助道具、刺激を与える機能、環境における安全機能(施錠付きドアや高いフェンスなど)といった環境に対するデザインの機能があり、これによって自主性に関する課題と機会の両方を提供できます。
この章では、認知症の方が社会の一員として活動するのを支援する環境を作るため、参加の障壁を特定し、行動を起こすための説得力のある議論を提示しています。
居住者には、どこに滞在し、いつ他の人と会うかを決めることができる選択肢が与えられなければなりません。
この観点から、認知症の方の視点が、長期介護環境における統合的および分離的な住宅の概念に関する継続的な議論の中心となることが重要です。

ニールズ・ヘンドリクスとアンドレア・ウィルキンソンの章、「認知症の方のデザイン・プロセスへの関与:(政治的)選択」では、認知症の人を権利に基づくデザインに関与させることの重要性を強調しています。
彼らは、認知症の方がデザインのプロセスにしっかりとした参加者として関与するため、政治的及び実務的な理由を探り、より良いデザインによる解決を促進するだけでなく、認知症の方の代理人を支援するような手法を提供する、参加型デザインのプロセスについての説明をしています。
参加型デザインは、デザイナーと認知症の方との関係を優先することにより、「個人のためのデザイン」を行う機会を提供します。

これには、あらゆるデザインに関わる専門的なデザイナーが、認知症の方の背景に身を置く必要があります。

それも過去から現在に至るまで全ての認知症の方の背景を意識し、認知症の方による明示的および暗黙的な意思決定を容易にすることが必要です。
コミュニティ規模での参加型デザインの適用は、マーチン・クワークと彼の共同研究者による章「住民監査:認知症の方が参加可能な地域を目指した、場所に根差した参加型手法の開発」で説明されています。このチームは、ゲーム、演劇の技術、工芸に関わる活動、詩、日記、近距離でのスキンシップ、個人の持ち物、更には歌とダンスを使用して、認知症の人々を一緒にデザインする作業に従事させることに成功しました。
これらの手法は、認知症の方が参加可能な公共空間の作成を目的とした、スターリング(スコットランド)に拠点を置く参加型プロジェクトのケーススタディにまとめられています。
この市民主導のプロジェクトで使用された実践的な戦略は、場所の体験的側面に焦点を当てることによって、従来の方法の限界を克服することを目的としていました。
中心的な戦略は、毎週行われる市民主導の観察散策で街を歩くことでした。
参加型アプローチによって、構築された環境にいる認知症の方による具体化された感覚的な経験が明らかになりました。
認知症のある地元の市民を引き込むことにより、調査場所についての彼らの知識を引き出す機会にもなりました。
これを通じて、プロジェクトチームと地方議会は、認知症の人々をつなぐ方法として、場所に根差した思い出や物語を共有することの重要性を学びました。
これらの経験は、社会的支援のある環境と問題解決の手法が、支援の少ない物理的環境を補うのに役立つという事実への洞察をもたらしています。

全体として、このセクションの著者は、権利に基づく観点から、インクルーシブ・デザインは認知症の方に機会を与える以上のことを行うと主張しています。むしろ

それは積極的な行動を奨励し、人々が自分の人生に関する決定を下し、環境を管理し、自由に、独立して、尊厳を持って生きることを可能にするのです。

国家による計画への影響

認知症に対する国家による計画を作る取り組みは、認知症の方だけでなく、介護者や家族の生活を改善するという国際的な取り組みの一環です。
これらの計画の重要性は、「2017~2025年認知症への公衆衛生対応に関する世界的行動計画」が採択されたことで、世界保健機関(WHO)によって強調されました。
しかしながら、計画は、認知症の方の介護に関する法的枠組みと介護の経済的責任を含む典型的なトピックなど、認知症のある側面に焦点を当てるものでした。
地域の計画や行政区の計画は、時に国家による計画以前のものである場合や、あるいはより具体的に主要な行動に焦点を当てている場合があります。
ジャン・ゴレンビエフスキは、「国家による計画における認知症関連デザイン」の章で、計画において認知症の方向けデザインのトピックにどの程度対処しているかを調査しています。
彼は、ADIのウェブサイトから確認した31の国家による計画の内容を分析し、次のことを発見しました。

認知症に対する国家による計画は、幅広く多様な文書ながら、認知症の方の身体的状況に焦点を当てることはめったにないということです。

しかし、現行の基準が非常に低いと記載されている部分も計画にはあり、より優れたデザインモデルへの関心を示唆しています。
例外もあり、オーストリア、バイエルン、デンマーク、ジブラルタル、ノルウェーはすべて、認知症の影響を最小限に抑える手法の中心として、認知症の方に向けたデザインを考えています。
症状を軽減するための重要なツールとして認識されており、認知症の方が社会に統合され、社会において意味があり、また目的を持ったままでいる助けとなります。

また、分析によって、在宅介護、デイケア、レスパイトケア、病院介護、公共の建物、都市環境、地方環境、居住型介護向け住宅、緑地や緩和ケアを含む、非常に幅広い環境で認知症の人々を支援することに関心があるということが分かりました。
居住型介護という範囲を超え、ナレッジ・ベースを早急に拡張する必要が強調されています。
この作業を行うことで、認知症の方に向けたデザインをすべての計画において検討する必要があるという主張が強化されるでしょう。
現時点では、194のWHO加盟国の内、29ヶ国のみが認知症に対する国家による計画を有しており、2025年までに75%(146ヶ国の認知症に対する国家による計画)を網羅するというWHOの目標から考えると、ほんの一部と言えます。
ADIのウェブサイトから入手できるこれらの計画の分析によると、認知症の方に向けたデザインを含める点を強く支援している国は、これらの約25%にすぎません。
これらの計画を担当する政策立案者や計画立案者に対し、その将来的な恩恵についての認識を高めてもらう必要があることは明らかです。
しかし、次のセクションでよく示されているように、ナレッジ・ベースが発展した国と異なる国や文化で現在の知識を実践に取り入れることには危険が伴います。

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