世界アルツハイマーレポート 2020

訓練と教育

ここまでは、認知症の方に向けたデザインにおける進歩を示してきました。
それは、認知症の方が充実した満足のいく生活を送るというビジョンへと時代のパラダイムをシフトしようと試みた先駆者達から始まる、40年の旅でした。彼らは、自身の直感に過ぎないところから始め、より良い方法が必要であるという信念に支えられてきました。
私達がその段階を超えたことは明らかです。
現在は、認知症の方を支援するために、構築された環境のデザインを導くことができる確立された知識体系があります。
しかし、このレポートでは、知識が世界の多くの地域でまだ実践されておらず、高所得国で得られた知識が低中所得国の直面する課題に適用できる、あるいは関連性があることを当然と考えるべきではないことを示しています。
このセクションの章では、高所得という背景においては効果的な、十分に発展した教育と訓練に対するアプローチを紹介します。ただ、長期介護という選択肢が同じように利用できない状況では、非現実的か、無関係ですらある可能性があります。イシュタル・ゴヴィアらが書いた章では、低中所得国が直面している問題について調査しています。そして、認知症の人の生活を改善することに専念している私達は皆、次のことを認識するように要求されます。

教育と訓練は独立したものではなく、研究への体系的な取り組み、教育プログラムの考案への認知症の方の関与、自身の持つ人権と障がい者の権利の範囲内で行われなければならないといことです。

恐らく、これらの活動に訓練を含めることを容易にする方法の1つは、それらが全てナレッジ・トランスレーションに関わっているという点を認識することです。研究者や実務家は、ナレッジ・ベースへの知識の追加を続けています。

しかし、知識を追加することに焦点を合わせるのではなく、今日最も差し迫った課題は、私たちが持っている知識を実践に移行していくことです。

このトランスレーションを完了するために行わなければならないことがたくさんあります。それらのほとんどは、ナレッジ・トランスレーションに関する4つの基本的な段階に当てはまります。新しい知識があるという認識を高め、その知識が目前のタスクに関連しているという合意に至り、それをどのように実践に取り入れることができるかを考え、そして新たに行われた実践が通常のものとなるよう、政策、ガイドライン、ハンドブック、基準、さらには法制の中へ組み込んでいくことです。
以上は、ナレッジ・トランスレーションにおける4つのAとして、認識(Awareness)、合意(Agreement)、採用(Adoption)、遵守(Adherence)とまとめることができます。

ナレッジ・トランスレーション(KT)には、広告キャンペーンや基準の策定など、互いに異なる様々な活動が必要ですが、KTを成功させるための重要な点は、訓練と教育です。
一般的に、教育と訓練は、認知症の方(および認知症の方と交流する方)の生活の質の向上に、次のように貢献します。

  • 認知症の方の介護や支援におけるデザインの重要性に対する意識を高める
  • 認知症の方や一緒に働く方(看護スタッフから庭師、作業療法士から清掃人まで)の介護と支援における環境利用の重要性に対する意識を高める
  • 特定の状況や背景に対するデザインに関する知識の関連性と適応性について話し合うための場を提供する
  • この分野で働くデザインの専門家に知識を実際に適用する方法を教える
  • 建物の利用者に、望む結果を得るためにどのように建物を利用するかを教える
  • 革新的かつ進化していく方法で、厳密に適用できるデザイン能力の進化を推進し、この分野の継続的な発展を保証するこのセクションでは、
  • オーストラリアのケーススタディから、訓練のこういった側面の詳細などが調査されています。

カナダ、イギリス、日本、シンガポール、アメリカ。このようにさまざまな成功したアプローチを見るのは心強いことです。

しかし、これらのプログラムは利用可能ではありますが、認知症の方に向けた環境のデザインが次のような影響力のある重要分野に含まれるのであれば、まだやるべきことがたくさんあることは明らかです。

  • 行政区での計画
  • デザインと医療の専門家向けのコースカリキュラム
  • 法定のガイドラインと規制
  • 政府による方針
  • 認知症に対する国家による計画

もちろん、主要な課題は、介護への全体的で価値観に基づく手法への潮流を考慮に入れた文化的に繊細な方法で、この訓練を開発し、提供することです。

COVID-19と認知症の方に向けたデザイン

2020年に認知症の方の介護に関して書かれた報告書であれば、COVID-19の影響を考慮していないものはないでしょう。
アリソン・ドーソンらによる「長期介護とコロナウイルスによるパンデミック:変化する状況における環境デザインの新たな役割」は、次のように言っています。

COVID-19に起因する居住者への危害のリスクを最小限に抑えるために課せられた制限は、身体機能と認知機能の低下を加速させ、それに加え、あるいは間接的に一部の居住者の死亡につながりました。

それらは非常事態において最善の意図を持って行われてきましたが、それらを引き続き強調することは、近年発達した強みに基づく介護モデルにとって大きな脅威となるでしょう。
運動能力の欠如による身体の不調と隔離による孤独といった、刺激や有意義なプログラムがないことで、認知機能の低下につながる可能性があります。”
彼らが注目しているのは、他の複数の居住者と部屋を共有することの明らかな影響を超えるものです。

それは、環境デザインがこれまでの長期介護におけるCOVID-19の影響にどのように影響したか、またはそれが将来の悪影響の低減にどのように貢献するかについて、デザイナーや研究者がほとんど語っていないということです。

私の知る限りでは、彼らはこのギャップに早急に対処するよう研究者に呼びかけており、それによって、いかに環境デザインが、強みに基づくアプローチの範囲内で感染対策を改善する上で、前向きな力になり得るかを、よりよく理解できるようになります。
彼らは特に、エビデンスに基づいた修正の開発と、次のような長期介護施設のデザインを求めています。

  • 可能であれば、居住者の福利の他の領域に過度の悪影響を与えないように、COVID-19感染のリスクを軽減し、かつ/又は居住者、スタッフ、訪問者の感染管理を改善している施設
  • 長期介護を受ける居住者が既存の能力を維持し、介護において可能な限り良い体験を享受できるように支援する、認知症に向けたデザインの原則を取り入れた施設
  • あらゆる構成において、コロナウイルスや他の将来出現する感染性病原体から受ける、急速に度合いが変化する脅威に適応することができ、居住者の幸福と生活の質に不可欠な活動と社会的交流を通じた刺激の機会を維持できる施設

彼らの結論は、このレポートの最初へと我々を戻します。

1980年代と1990年代に規定された認知症に向けた環境デザインの原則は、いまだ革新的で妥当性を保っています。それらは、居住者の幸福と生活の質、そしてスタッフの仕事に対する満足度に肯定的な貢献が行われる形で、長期介護における物理的環境、技術的環境、介護環境、社会的環境を形作るのに大いに役立ちました。
これらの原則を、放棄したり、感染対策の必要性に完全に従わせたりしてはならないのです。

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