世界アルツハイマーレポート 2020

文化とコスト

カースティ・ベネットは、「文化と文脈のデザイン」において文化的文脈を理解する必要性の考察を開始し、その中で文化を継承する人々に耳を傾けるという、長く積極的なプロセスについて説明しています。
この時は、ティルピク・パンパク・ングラ(TPN)に住む先住民族のオーストラリア人でした。彼女は、これらの土地に建てられた高齢者介護施設のデザイナーは自問しなければならなかったと説明していますが、これが大きな実用性を有しています。

「誰と話せるだろうか?」
「自分が聞いていることを理解しているだろうか?」
「自分が見ているものを理解しているだろうか?」
「この人達は、聞いてほしいことを言っているのだろうか、それとも事実考えていることを言っているのだろうか?あるいは、彼らが私たちに伝えられることを言っているのだろうか?」

これらは取るに足らない質問などではありません。これらによって、デザイナーは、仕事の依頼があった施設の環境を受け入れ、そこに落ち着きを見つける必要がありました。
また、そこで作業を行うよう依頼された者や代理人は、耳を傾ける機会とリソースを持つ必要がありました。

TPNプロジェクトを成功裡に終わらせるために必要な努力に関するカースティ・ベネットの説明により、イシュタル・ゴヴィアらによる「認知症、デザインと開発:手法とSTRiDE諸国からの推奨事項」によって提起された課題の大きさを計るのに有用な尺度が提供されています。
STRiDE(発展途上国における認知症対応の強化)とは、効率よく、安価な、適切かつ公平なケアを通じて、認知症の方とそのご家族の生活を改善することを目的とした多国籍学際研究プロジェクトです。
この章では、ブラジル、インド、インドネシア、ジャマイカ、ケニア、メキシコ、南アフリカから得られたSTRiDEにおける研究の社会的関与と影響の経験を、高所得国で生み出されたナレッジ・ベースが低中所得国でどれだけ適用できるかという根本的な問題へと活用しています。

著者は、この質問に対応するための枠組みとしてデザインの原則を利用し、それらが有用であることを発見しました。しかしその疑問に適用する前に、医療と高齢者介護について高所得国(HICs)と低中所得国(LMICs)のの間にある構造の違いを説明しなければいけませんでした。
HICsで当然のこととされているサービスが、LMICsで同じようには利用できないことはよく知られていますが、だからといって、LMICsがHICsで見られる構造を模倣したいという結論につながるものではありません。例えば、居住型介護施設が妥当かどうかは、広く疑問視されています。
認知症の方に向けたデザインに関する知識の多くは、居住型介護の研究に基づいているため、HICsの優れた取り組みのアイデアをLMICsに広めようと考えすぎないよう、注意する必要があることは明らかです。
LMICsの富裕層向け施設のデザインには適用できる可能性がありますが、良い所だけを広めるより先に、研究と評価に基づいて慎重に検討する必要があります。カースティ・ベネットの疑問は、この文脈で心に留めておくべきでしょう。

また、LMICsでの認知症の方の支援を真剣に考えるならば、LMICs独自の文化的背景の中で、共有する準備ができているもの、そして開発する必要があるものに対し、体系的な考察を行うことができる穏やかな場所を見つけるため努力する必要があります。

現在の所、STRiDEの作成者は、次のような状況の説明をしています。「認知症のための環境デザインは、HICsで行われている程には明確に適用はされていません。
空間と環境への配慮は、特に安全と徘徊という面で重要であると考えられています。しかし、人口の大部分において、認知症の介護に特化した美的なデザイン、そして建築と環境のデザインに重点を置く人はかなり少ないでしょう。
代わりに、常識に基づいたデザインというものが優先されます。
施設や家族は、拠点となる空間で利用できるリソースを使って、できることを行うのです。」
続いて、認知症のためのデザインに関する議論に込められたものは、選択についての仮定であることに気付きます。

「ただ、『選択』は力に関係しています。力はリソースに関係しています。そして、リソースの少ない背景においては、往々にして、選ぶことのできる選択肢が制限されます。」

これは、ティファニー・イーストンとジュリー・ラトクリフが、認知症の方のために構築された環境の医療経済学について議論する次の章へと繋がっていきます。
これは、経済的評価が認知症の方に向けたデザインとどのように関連しているか、そして4つのケーススタディでそれらがどのように適用されているかを示す実際的な章となります。
認知症の方に向けたデザインの影響に関する経済的分析は、その適用の初期段階であると言っても過言ではありませんが、ツールは利用可能であり、これまでの結果は、

良いデザインが悪いデザインより高価ということはなく、そこから得られる相当の実用的な利点、そして生活の質での利点があると主張する人々に支持を与えています。

これは、長年に渡り優れたデザインを推進してきた私たちにとって励みとなりますが、さらに重要なことは、それはLMICsと共有すべきメッセージであり、それによって、認知症の方の利益を目指して、残り少ないリソースを割り当てる援助としていくことなのです。

調査とケーススタディ

認知症の方に特化したデザインが、世界中でどの程度行われているのかについて、これまでに調査はされていません。このレポートの作成が調査の契機となり、27か国から84のケーススタディが見つかる結果となりました。
これらのケーススタディは、第2巻で全体を紹介します。
「ケーススタディ:調査と概要」の章では、ケーススタディを収集した方法と、調査の結果の概要を説明しています。
この調査により、世界中で認知症の方に向けたデザインに大きな関心があることが示されています。
ただ残念ながら、これが行われたのは、高齢者介護を提供する者の大多数が、COVID-19によるパンデミックを生き延びることに必死になっていた時期でした。
そのため、調査への回答数に明らかな影響がありました。
時間を割いて返答してくれた方々へ、ご協力に対する格別の感謝と謝辞を贈ります。
調査への回答は、認知症の方に特化したデザインの例のほとんどが、居住型介護に見られることを示しています。
これは驚くべきことではありません。しかし、デイケアセンターにも非常によく表されており、認知症の方を念頭に置いてデザインされた公共の建物やスペースには、非常に興味深い例が5つありました。
病院からの回答は1つだけでした。
これらの分野のケーススタディの数と建物の平均築年数は、居住型介護で最初に得られた教訓が、デイケアセンター、公共の建物、病院のデザインに、徐々に浸透していることを示唆しています。
サンプルによって良く表されていると主張することはできませんが、1つの病院しか回答しなかったという事実は、病院での介護を必要とする認知症の方に向け、うまく設計するための取り組みを加速する必要性を、かなりの確率で反映しています。
また、デザインの原則を情報収集の枠組みとして使用すると、建物の分野間、そして研究からの発見と実践への適用との間で興味深い比較を行うことができることを調査が示しています。
デザインの原則が、そうでなければ対象とすることが難しいかもしれない議論を引き出すための有用なツールであることを示唆しています。

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