The essay about my carer’s life “Her Today, Me Tomorrow”
The Japan Dementia International Exchange Platform is a place for people living with dementia and their caregivers to share experiences, feelings, and thoughts. We are looking forward to your post. Please join us.
Here is Mr. Fukui’s essay. He moved to his mother’s house in a southern prefecture from northern Japan to care for her, leaving his beloved wife and cats.
※お母様の介護のために単身赴任を選択された「家族の会」会員の福井さんが日々の介護生活をエッセイにまとめられ、ご応募くださいましたので、ご紹介します。「日本認知症国際交流プラットフォーム」では、広く原稿を募集しています。皆様からの介護体験もぜひお寄せください。
繰り返す日常 朝のお決まり
朝5時、私は自転車でおかんの家に着く。夜明け前で、あたりはまだ日の出の気配もない。自転車のフロントから取り外したライトを頼りに玄関のカギを開ける。今日は月曜日、また新しい1週間が始まる。といってもここ2年半続けているおかんとの生活は大して変化のない日常の繰り返しだ。わがアパートから早朝におかんの家に来て、自分の支度と家事全般をこなしてから7時半前に勤めに出る。勤めといっても家から歩いて1分の小学校の用務員を午前中4時間こなすだけである。このところおかんが朝起きるのも遅めで、仕事に出かけるときにおかんの顔をみることはまずない。たまにおかんが6時頃目を覚ましたときは、おかん:「今は朝か夜か」→私:「朝です」、おかん:「もうちょっと寝てていいか」→私:「どうぞ」で、再度寝床に戻るのがお決まりのパターンだ。今朝の出がけもおかんは起きてはいなかった。月曜はおかんのデイサービスの日、いつも9時過ぎには施設の担当さんが車で家まで迎えに来てくれるので、入浴の着替えなどデイサービス用荷物を私がまとめ、朝食の用意をして出てきた。
おかんの見当識障害
おかんのアルツハイマー型認知症の主な症状には「見当識障害」があると聞く。場所や時間がきちんと把握できなくなるそうな。自分の家が大好きなおかんは、今ではもう家の敷地の外に自分の足で出ていくことはしなくなり、迷子になったり徘徊したりの心配は今のところはない。なので、おかんの空間認識の能力が今なお健全かどうかはともかく、困りごとは当面起きないように思う。一方で、おかんの周りの時間に関わることがぐずぐず崩れているのは日々の生活の中で色々と見えてくる。朝、おはように続くいつものおかんの挨拶は「今日なんにち?」その答えのためだけにうちでは新聞を定期購読していると言っても言い過ぎではない。当日の朝刊一面の題字下の日付を示してやるとおかんは安心する。「もう〇月だねぇ。早いねぇ…。」なぜか自分の目の前にある、日付や気温までも大きく表示されているデジタル置き時計の数字では納得できないようなのだ。また、自分の年齢に執着する。90歳過ぎれば1歳や2歳違っても大したことないようにも思うのだが、とにかくこだわる。ただ残念ながらその数字を覚えられない。食卓のいつもの席の手前の引出しを引っ張ると、その枠の部分に文字修正液で白く塗られた箇所があり、その上に油性ペンで太く黒々と「令和6年96さいまん」と書き込まれている。ちなみに昨年はその同じ場所に「令和5年95さいまん」と書かれていたのは言うまでもない。おかんは自分の長寿が自慢の一つなのか、毎日繰り返す会話ネタのトップ3のひとつに輝いているのだが、話題にする度ごとに必ずその引出しをのぞきこんで数字を確認してから「わたしゃ96歳だよー。薬一つ飲まないで自分で歩けるしおしっこにも行けるし、町内で一番長生きだよー」とセリフを決める。先日要介護認定の審査の時に、うちに来た担当の方から年齢を尋ねられた際、「93歳」と返答していたのは、実年齢より若く見られようとの意図で二つ三つサバ読んで答えた可能性はおそらく0%だったと思う。運悪く手元に引出しがなかっただけなのだ。
スルーで乗り切る おかんとの会話
最近はすでに他界した親戚や友人が頭の中で復活するのか、「〇〇さんどうしてる?」などと私に質問を繰り返してくる。自分が長生きしている分、知人に物故者は(当然ながら)増えていく一方だ。最初のうちは私も問われるままに事実を伝えていたのだが、度ごとに「そうだったんかー」などと寂しげな表情を見せるので、徐々に私も「どうしているんかなあ。電話してみたら?」などとはぐらかすようになった。最近では繰り返される同じ質問に答えること自体が面倒になってしまい、「さあなー」「うーん」など、ほぼスルー状態になってしまっている。おかんとの生活が始まったころは、明日はわが身、自分も将来そうなるんだからと思えばきちんと応対してやれるなどと考えていたが、そんなあるべき理想像からはどんどん離れている。今は一緒にいる時に話しかけられても、ほとんどまともに返答できなくなっている。申し訳なくは思うが、今では話しかけられること自体がかなりの精神的苦痛になっている始末だ。なので、小学校でのこの用務員としての4時間は、日常のバランスを保つうえでとても重要だ。毎日行くべき場所として、またおかんとの生活からひととき離れられる場所としても…。
私も堂々の高齢者
さて、1分歩いて職場に到着。そこには決まった仕事がある。花壇の水やり、校庭の草むしりや掃除、プリント印刷、金魚水槽の水換え、掃除、そして週2回の校舎内のごみ収集。何よりこどもたちや先生方など、普通に会話ができるひとたちも大勢いるのだ。それにこの職場では私が最年長なので、有難いことにみなさん敬老の精神で気を使ってくださる。そう、家から一歩社会に出れば、私も堂々たる高齢者なのだ。
さて本日のルーティンワーク、ごみ回収だ。新しい大型ごみ袋を一枚携えて校舎内をひと回りし、最後は校長室と流れを決めている。今日も今日とて校内を一周、袋もかなり膨らんだ状態で校長室をノックする。校長先生ご在室。「お仕事中失礼します。ごみがありましたら回収いたしますが…。」「あ、先生(なぜかここでは用務員もそう呼ばれる)、明日は回収車が来る日でしたかね。ありがとうございます。」
「そうなんです、金曜は燃えるゴミの日ですから。」校長先生一瞬キョトンとした表情のまま間をおいて「はい。ごくろうさまです。」私、「お邪魔しましたー。」バタン…。
あ。やってしまった見当識障害。明日は我が身…いや、火曜日だった。
執筆:福井