「ウィッシュカード」で助け合いがあたりまえの暮らしやすい街づくりを目指して

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【はじめに】

「助けてもらいたい」気持ちと「助けたい」気持ちをつなげるツール、それが「ウィッシュカード」です。さがみはら認知症サポーターネットワーク(以下、さがサポ)は、「お互い様のパートナー」を合言葉に、認知症の人とその家族、認知症サポーターの市民がお互いに困り事の解決や楽しみを共感し合っている仲間たちです。


グループホームで生活されている若年性認知症のAさんは、かつて社会人野球の遊撃手として活躍していた男性で、認知症と診断されてから生活の中であたりまえだった野球が周囲の理解も難しく「できない」状況になってしまい、それとともに仲間と過ごす時間も少なくなっていました。そのような中で、「もう一度、野球をしたい」と願った本人と、その願いを叶えたいというパートナーの声が、私たち認知症サポーターや行政の心を動かし、会場や用具を調達して「Aさんと野球を楽しみたい」という23人のメンバーがAさんとともにグラウンドに集まりました。


認知症サポーターの役割は、認知症の人や家族を温かく見守り、自分にできる範囲で手助けをすることと言われております。認知症とその人を理解した仲間がその場にいることで、Aさんがグラウンドを走る姿に喜びを分かち合い、認知症になっても仲間とのつながりによって「できる」に変えられる可能性を共感し合えたこと、これが「ウィッシュカード」の原点です。

【「ウィッシュカード」の仕組み】

生活の中で困り事を感じているのは決して認知症の人だけではありません。人は誰しも困り事を抱えていても「人に迷惑をかけたくない」と思う気持ちが先行して声に出しにくいものだと思います。それは家族や友人であっても感じることでしょう。また、「街中で困っていそうな人を見かけても声をかけられない」、「助けてと言われれば助けます」という人が多いことも現実にあるかと思います。「ウィッシュカード」はさがサポのパートナー(登録メンバー)同士が抱くこのような気持ちを可視化したものです。
ウィッシュカードは当ホームページ上から投稿することもできますし、紙面や電話で事務局に提出することもできます。これまでに投稿された内容としては、「一緒に散歩をしてくれませんか」や「カラオケで歌いたい」、「収穫作業を手伝ってくれませんか」など困り事もあれば誰かと一緒に挑戦したいことも挙げられています。

投稿されたメッセージはホームページやメールで登録メンバーに届けられ、「ウィッシュ」を叶えたいと思うパートナーから事務局に返事が届く仕組みになります。その後は事務局や世話人(さがサポ活動の企画・運営メンバー)が両者の間に立って実現までのプロセスや決め事(費用負担やボランティア保険の有無など)の調整をコーディネートしています。「ウィッシュ」が叶った際には投稿者からサンクスメッセージが送られますが、それをきっかけにお互いの関係性が深まって定例化したりチーム活動に発展していくケースもあります。このようにして、ひとつの「ウィッシュ」から人と人とのつながりが生まれ、困り事が少しでも言いやすいことは、認知症になっても暮らしやすい街につながるのではないでしょうか。

【助け、助けられの関係】

2019年1月、国体にも出場経験のある認知症のBさんと6名のパートナーでスキー場に行きました。今でもスキー板をきれいに磨いているBさんの家族が「一緒にスキーをやりませんか」と「ウィッシュカード」を投稿し、スキーやスノーボード経験のあるパートナーやその子どもが一緒に参加しました。初めて訪れたスキー場ということもあって、チケットの使い方やトイレの場所がわかりにくかったことはありましたが、いざゲレンデの頂上に立つと大きく深呼吸をして颯爽と滑走していく姿は本当に感動しました。また、子どもたちにもスキー上達のコツを優しく教えてくれたりと認知症であっても誰かの助けになれる場面をたくさん見ることができました。世代を越えてお互いに「ありがとう」と言い合える、まさに「お互い様のパートナー」と感じられる出来事でした。

【おわりに】

「ウィッシュカード」が動き出して4年、これまでに約50個の「ウィッシュ」が実現してきました。ここに至るまでには、キャラバン・メイト同士のネットワーク構築から、行政との連携、多くの認知症サポーター養成と活動支援のための仕組みづくりを、市民、キャラバン・メイト、NPO法人、行政が一体となって取り組んできた過程があります。地域が抱える課題や強みとする資源を共有し、その地域に応じた“あったらいいな”を形にしていくことが大切かと思います。いずれはこのようなツールを使わなくても助け合いがあたりまえで、誰もが暮らしやすさを感じることができる街になることを願い、これからも「ウィッシュカード」の活動を続けていきたいと考えています。

【著者プロフィール】

佐藤 隼
さがみはら認知症サポーターネットワーク 世話人代表
(さがみリハビリテーション病院 作業療法士)

【団体プロフィール】

さがみはら認知症サポーターネットワーク(さがサポ) <画像:07>
2013年 「認知症になっても安心して暮らせる相模原」を目標に有志が世話人となり設立
キャラバン・メイトや認知症サポーターの関係性をつなぐ「交流会」を開催
「認知症サポーター養成講座」や「街づくりミーティング」を定期的に実施
2014年 「認知症カフェイベント」を開催し、市内の認知症関連機関や家族会と連携
2016年 「ウィッシュカード」を活用して認知症ご本人の社会参加を促進
2019年 NHK厚生文化事業団「第3回認知症とともに生きるまち大賞」受賞
2021年 コロナ禍でもオンラインによるネットワークを活用しつつ、現在に至る

【公開連絡先】
事務局:認定NPO法人 Link・マネジメント
代表 井戸和宏
住所 神奈川県相模原市中央区淵野辺4-4-2-101
電話 042-707-1603
FAX 042-786-6631
メール saga-sapo@link-npo.com
ホームページ https://sagasapo.com/

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