アメリカ:日系高齢者施設の再建に向けて(ハワイ州)

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『東京にオリンピックを呼んだ男』として知られるフレッド和田氏を始めとする8人の有志により創設され、長年日系社会の宝物として親しまれたKEIRO日系高齢者施設が、営利を目的とするパシフィカ社へ売られてから7年を超す年月が過ぎました。KEIROがその四施設を手放して以降、日系高齢者施設の推移をつぶさに見てきた者として、その間に起こった事をまとめました。

-立ち退き通知-

2016年2月、KEIRO四施設のパシフィカ社への売却が完了しました。その際、州司法省は13項目の売却条件を売り手のKEIROと買い手のパシフィカ社へ課しました。この売却条件も、5年後の2021年2月6日をもって終了しました。
すると営利を目的とするパシフィカ社は、待ってましたとばかりに、2021年8月13日をもって中間看護施設(旧KEIRO中間看護施設)を閉鎖しました。それに先立つ5月19日には、96人の居住者全員に対して中間看護施設からの立ち退きを通知したのです。
中間看護施設のほとんどの居住者は、KEIROが謳った「最後の最後まで私どもが面倒を見ます」を信じて入居されたのです。KEIROの諸施設を終の棲家と決められた居住者のみなさんにとって、「立ち退き通知」がどれほどの衝撃であり無念であったでしょうか。

KEIROの施設へ入居する際、ほとんどの居住者は“日常生活での身動きに支障がない内はKEIRO引退者ホームで過ごせばよい。食事付きで掃除も込み、月々の支払いもそれほど高くはない。歩行器が必要となり、入浴や着替えのための補助が要るようになったら、すぐ隣りのKEIRO中間看護施設へ移れば良い。毎月の支払いもメディキャル(国民保険)が利くから大丈夫だ。そして、介護が必要となったら、KEIRO介護ホームへ引っ越せば良い。ここもメディキャルが利くから、支払いのことで心配することはない”と、残りの人生の設計をされたでしょう。
決められた額の毎月の実入りに見合う費用で、残りの人生を全うできる人生計画を立てたのです。日本語が通じ日本食の整った施設で、家族の手を煩わすことなく、遠慮や気がねもいらず、安心して過ごせる余生を設計されたのです。この人生設計に従えば、最後の最後まで支払いの事を心配する必要はなかったのです。

KEIROが四施設を売った5年前、一人の居住者が「最後の最後まで面倒を見ると言っておきながら非常識ですよ。前触れもなく梯子を外されたようで、悔しくて悔しくて」と言われたことを思い出します。今回、96人の方が梯子を外され、綿密に描いた人生設計を粉々にされたのです。いや、これは居住者に限ったことではないでしょう。家族のみなさんの人生設計図をも台無しにしたであろうことは、疑う余地もありません。

-新型コロナへの対処-

今回のコロナ・パンデミックによって最も影響を受けたのは、高齢者の方々だったろうことは異論のないところでしょう。特に、ケイアイ・ロサンゼルス(旧KEIRO介護ホーム)での新型コロナの感染者と死者の数字は想像を絶するものでした。2021年3月1日のロサンゼルス・タイムズに載った数字を拝借しましょう。“2021年前半までに累計感染者230名、感染による死者117名”とあります。
この大惨事の根本の理由は、2020年の6月、パシフィカ社が新型コロナ患者を受け入れる指定施設になることを希望したからに他なりません。それも、居住者と居住者の家族、職員、そして主治医に一言の断りもなく実行したのでした。
Unthinkable という英語があります。英和辞典を引くと、“ありえない、思いもよらない”とあります。新型コロナ患者を受け入れる指定施設になることなど、常識では有り得ません。まさにunthinkable でした。

国と州は、新型コロナ患者の殺到によりパンク状態に陥った一般病院の稼働率を正常に戻すため、2週間の隔離を終えた感染者を解き放すという政策を打ち出しました。そして、その解き放された患者の受け皿となる指定施設を募ったのです。
ケイアイ・ロサンゼルスを所有するパシフィカ社は、新型コロナの指定施設になることを希望し、一般病院から解き放された新型コロナ患者を受け入れる施設となりました。
KEIROナーシングホームから引き継いだ300ベッドのケイアイ・ロサンゼルスの居住者は、そのほとんどが日系高齢者でした。その居住者が、ロサンゼルス・タイムズに載った感染者230名、死者117名という大惨事に巻き込まれたのです。言うまでもないことですが、新型コロナの感染者を受け入れたため、パシフィカ社へは潤沢な報奨金が支給されました。
介護という日本語は“病人や老齢で身体の不自由な人などの看護や世話をする”という意味です。彼らは介護という使命をないがしろにし、自分たちの利益を最優先したのでした。そのために、100人を超える死者を出すという大惨事となったのです。
一つ付け加えましょう。ロサンゼルス地域でCovid-19の指定施設となった20を超える施設のすべては、パシフィカ社と同じく、営利を目的とする団体だったそうです。非営利の施設は一つも含まれてないということでした。

KEIROが四施設を手放したとき、日系コミュニティーの構成員の多くが、それを引き継いだパシフィカ社が日系高齢者の面倒をちゃんと見てくれるだろうと思われたでしょう。しかしそのような思い込みは、この際きっぱり捨てたほうが良いと考えます。
中間看護施設は、より利潤を生むアパートへと建て替えられます。そのための居住者の強制立ち退きと中間看護施設の閉鎖でした。介護施設は、Covid 19 の感染者を躊躇なく受け入れました。これも、利潤のために動いた結果でした。

-高齢者用ベッドの絶対数の不足-

ピュー研究所の全米調査において、2015年の時点で、アメリカに住む日系人の27%が米国以外で生まれた日本人であることが明らかになりました。色々な調査を基にすると、南カリフォルニアの日系高齢者数は6万人と想定されます。ということは、日本生まれの高齢者が1万6200人になるという計算になるのです。推定6万人の日系人高齢者の27%が日本生まれだからです。
〔註: ピュー研究所 アメリカ合衆国のワシントンD.Cを拠点として、アメリカ合衆国や世界における人々の問題意識や意見、傾向に関する情報を調査するシンクタンク〕

また、日本生まれの日系人の51% が40歳以上であることも明らかになりました。40歳以上のこの層が、20年~30年後にはその大半が高齢者であるか、高齢者の仲間入りをします。すると、これから20年~30年もの間、いやそれ以上の間、日系人高齢者用施設の需要が増え続けるということになります。
しかしながら2019年10月の時点で、日本文化に配慮したサービスを提供する介護施設、中間看護施設などにおけるベッド数は700ほどなのです。この数字は、将来見込まれる1万6200人の需要に対して23分の1でしかありません。
日本文化に配慮したサービスを提供する施設のベッド数が十分でないことは、火を見るよりも明らかです。そこへ今回の中間看護施設の閉鎖です。ベッド数の不足は、より深刻になりました。
これが日系社会における高齢者用施設の現状です。高齢者用のベットの絶対数が足りません。今後20年から30年、いやそれ以上の間、高齢者用ベッドの需要は大幅に増えることが予想されます。ですがパシフィカ社は利潤のみを追求し、日系高齢者のためという思いに欠ける会社である事ははっきりしました。
すなわち、日系コミュニティーが力を合わせて手作りしなければならないということになるのです。

フレッド和田氏の半生を描いた高杉良著『祖国へ、熱き心を-東京にオリンピックを呼んだ男』に次のような文章があります。これは1983年、当時の松田総領事に語った日系二世のフレッド和田氏の心境です。

“昔苦労した老人たちが安心して住める場所を確保するために、われわれは頑張ってきたつもりです。しかし、老人たちを救うだけが目的ではありません。三世、四世の若者たちに後顧の憂いなくアメリカ社会で仕事をしてもらうためにも、引退者ホームは必要なんです。三世、四世は気が小さいいうか、スケールが細(こま)いいうか、失敗を恐れて、ビジネスに生きようとせんのです。一世、二世と違うて高学歴でもあるから弁護士だとか学者を志向しがちだが、僕のようなたたき上げてきた者にはそれが大いに不満です。もっとビジネスの世界に出てもらいたい思うてます。ビジネスの世界で失敗すると年寄りの面倒が見切れないとか、老後が心配だとか言うので、お前たちが失敗しても大丈夫なように、おまえたちの年寄りは全部面倒見てやる、だから失敗を恐れずに思い切って仕事をやれと僕は言うとるんです。”

50数年前、日系社会のリーダーのみなさんは、日系一世のお年寄りのため、そして次世代のためを思う一念で日系高齢者施設を建てました。今我々は、その時と同じ状況にあると思います。我々の世代のためだけではなく、我々の次の世代、そしてその次の世代のために、日系高齢者用の施設を再建しなければらないのです。
我が「高齢者を守る会」は、KEIRO四施設の売却が明るみになった2015年10月、「KEIRO売却反対」を旗印に立ち上がりました。そのことが報われず売却が完了した2016年2月以降は、「非営利の日系高齢者施設の再建」へと舵を切りました。そして2020年にはタスクフォースを設け、再建への具体的な動きを開始しました。本格的な募金活動も始めました。みなが心を合わせて再建を成し遂げましょう。

「高齢者を守る会」会長
ジョン金井
www.koreishasca.org

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