コロナ禍に生じたある介護殺人 ~日本における介護家族支援の課題~

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コロナ禍に生じたある介護殺人

介護による困難が背景にある殺人や心中は、メディアから確認できるものだけでも年間40件ほど生じている。全体としては、高齢の夫婦の心中絡みのケースが多く、加害者の7割が男性、被害者の7割が女性である。事件の背景に認知症による介護負担がみられる事例も少なくない。

家族の誰かが要介護状態になった場合、その人の介護を担う者はどのような生活を送っているのだろう。特に今、コロナ禍のなかで介護サービスなど社会資源の活用がままならない状況にある。これまで以上に家族介護者に負担が集中しているのではないだろうか。

今回、コロナ禍のさなかに生じたある介護殺人を例に、日本における介護者支援の課題について考えてみたい。

その夫婦は「一心同体だった」

ある高齢の夫婦は2人暮らし、貧しいながらも夫婦2人で支え合って生きてきた。しかし夫が要介護状態になり、妻が介護を担うことになった。介護の期間は10年以上に及び、ここ数年は体調不良が続いていた。ケアマネジャーはそんな妻の身体を心配し、病院に受診したらどうかと勧めた。併せて夫の施設入所も提案したが、夫が強い不安感を示したため、入所の話は途中で立ち消えになった。

そんな中、妻は自分ががんに罹患していることを知る。

今はコロナ感染防止のため、入院患者と家族との面会は制限されており、もし自分が入院したら夫の介護をする者がいなくなってしまう。もしかしたら、二度と夫に会えなくなくなるかもしれない。経済的にも今、自分が入院している余裕はない。そう考えた妻は、自宅で夫の介護を続ける決心をした。しかし妻の体力や気力は落ち続け、周囲に「死にたい」と漏らすようになった。

ある日、妻は夕食後、夫の後ろ姿を見、このまま二人で死んでしまおうと思うに至る。夫を道連れにした理由は「夫を残して親族に迷惑はかけたくなかった」からであった。

妻は夫を絞殺後、すぐに手首を切り心中を図った。

夫婦をよく知る者は、彼らの関係について、「一心同体だった」と語った。

4つの視点

この事件は現在の日本において、介護家族支援を考える際に留意すべき内容を端的に含んでいる。第一に「介護者も支援が必要な存在」であったことである。第二に事件のきっかけとなった「将来に悲観」、第三に妻の「親族に迷惑をかけたくない」という心境、第四に「一心同体だった」という関係性、最後にコロナの影響である。

第一の点について、介護者の妻は事件当時、体調不良でがん、うつ状態、周囲に死にたいと漏らしていた。

要介護者の夫のみならず、妻も支援を必要としており、かつ、自殺の恐れから言えば早急な介入が必要な状態であった。しかし妻はSOSを出すことなく、支援者らはこの危機状態に気づかなかった。

第二の点について、家族介護者の多くは支援者と異なり、この先どうなるのか、予測をすることができない。

つらい状況に陥るとそれがこの先ずっと続くのではと絶望してしまいがちである。このようなとき、支援者が適切に介入し、先の見通しや効果的な対応策を示すことができれば、家族介護者は何とか日々の困難を乗り越えていくことができる。ただし、なかにはつらい気持ちを誰にも吐露することができず、心理的な孤立状態に陥っている者も存在する。支援者が周囲にいたとしても、心のうちを相談するほどには頼っていないのである。

第三の点について、どれだけ困っていても子どもたちや身内の者に迷惑や心配をかけたくないと考える家族介護者は少なくない。

親として子に「つらい思いをさせたくない」と考えているのだが、冷静に考えれば、刑事事件を引き起こすほうがよっぽど身内に迷惑をかけることになる。ただ、心理的に視野狭窄状態に陥り、そこまで思いが至らない。このような介護家族に対しては、折に触れ、介護を一人で抱え込まなくてよいと伝え、状況に応じては速やかに介入することが求められる。

第四の点について、もし要介護者の身に暴力や虐待が生じていたら、法律に基づき、支援者による介入がなされる。

しかし「一心同体」、つまり献身的なケアがなされている場合、家族介護者は「よくやっている」と称賛されることはあっても、危険な状態と見なされることはまずない。しかし、介護殺人の加害者で言えば、一心同体で献身的なケアを行う者が殺害や心中など事件に及ぶことはめずらしくない。支援者はもし、献身的な介護者に出会ったら、感心するのではなくSOSを出せない人なのかもしれないと発想する力を持っていてほしい。

最後にコロナの影響であるが、介護家族の多くは今、深刻なストレスを抱えている。

この状況が続くと虐待などの暴力、介護の破綻などに発展することが懸念される。日本には要介護者を支援するための介護保険法はあるが、介護者を包括的に支援する法的基盤は整っていない。現在、いくつかの自治体で介護者支援のための条例制定の動きがみられる。私たちはこのような法的基盤確立の動きを全国的に促進していかねばならない。

※写真は本文の内容と関係のないイメージ画像です。

【著者プロフィール】

湯原悦子
現在、日本福祉大学社会福祉学部教授(社会福祉学博士)。専門分野は司法福祉、研究テーマは主に介護殺人・心中の予防、介護者支援。主な著書・論文として、湯原悦子『介護殺人の予防-介護者支援の視点から』クレス出版 2017、湯原悦子「介護者セルフアセスメントシートの効果検証」日本認知症ケア学会誌 13(3), 627-644, 2014など。認知症の人と家族の会愛知県支部研究班メンバー、日本ケアラー連盟運営委員。
【公開連絡先】
〒470-3295 愛知県知多郡美浜町奥田
日本福祉大学社会福祉学部 電話0569-87-2211(代)
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