丹野智文「認知症になったからこそできること」
認知症とともに生きるという選択
私は8年前、ネッツトヨタ仙台で車の販売として働き、家庭では2人の娘を持つ父親として過ごしていた39歳の時にアルツハイマー型認知症と診断されました。
私は、自分自身のアルツハイマー病を理解し、認知症という状態を受け入れ、認知症とともに生きるという選択をしたことで、会社の理解を得ることができました。
ネッツトヨタ仙台では、私が働き続けることができているので、他の社員はもしも、自分が病気になったとしても働きたいという意思があれば働き続けることが出来るという安心感につながっています。そして、会社の理解は更に進み、今はネッツトヨタ仙台でプロスポーツ選手のスポンサー契約と同じように考えてくれて、認知症の普及啓発を仕事としています。仕事の内容は、日本全国で講演活動をしたり、厚生労働省の政策委員として認知症関連の法律等の策定時に意見を述べたりしています。また、県・市の認知症対策検討委員として政策提案をしています。
このような活動は、認知症を取り巻く環境や地域社会に働きかけること、政策提案することにより、認知症に関する理解を深め社会の仕組みを改善していくためにしています。
診断後、間違った情報から不安と恐怖で泣いてばかりいた時期に笑顔で元気な認知症当事者との出会いがあり、認知症になっても元気で過ごせることが出来る、この人のように生きたいと思った事が、私が前向きになるきっかけでした。
そして一歩踏み出したことにより、多くの仲間との出会いがありました。
私の経験から認知症の人同士が出会う大切さを感じました。
自分の経験を仲間に伝え6年前から不安をもった当事者と、一歩前向きになった当事者の出会いの場を作りました。認知症当事者の為の相談窓口です。
ここでは診断名や困りごとを聞くのではなく、やりたいことを聞いて実現出来るように応援しています。
また、数年前からは相談窓口に出てこれない人達がたくさんいることに気づきました。
家に引きこもっている認知症の人がいることに気づき、私は考えました。
そして、病院内で診察後に近くの部屋で不安をもった当事者と、笑顔で前向きになった当事者が出会える場を作りました。
病院には家に引きこもっている当事者と必ず出会えるのでとりこぼさない、診断直後の早期に出会えるので引きこもりにならないですむのです。
認知症の人同士のピアサポートは当事者の話しを聞き出すカウンセリングのような場ではなく、自分の経験を伝える場です。
病院の協力により、診察が終わった後にだけではなく、診察前の待ち時間にも当事者と出会えるようにもなりました。診察の順番が次になると、呼びに来てもらえるので安心して話が出来ます。また、診察前に話をすることで、医師に自分に気持ちをきちんと伝えられるようになるので、医師が診察しやすくなるという効果もありました。
病院内で話を聴く仕組みのメリットの一つは、必ず当事者と出会えるということです。1度会うと、また話を聞きたいと次回の診察も、ピアサポートがある日に予約を入れることで定期的に会うことが出来るのです。
ピアサポートは私が一人でしているのではなく、多くの当事者がやってくれているのです。
年齢も40代から80代まで話をするのです。
ピアサポートをしている当事者は、自分の話をすることで、不安をもった当事者が前向きになるのを感じ、「自分もさらに気持ちに整理がつき前向きになる」と言っています。ピアサポートをやっている当事者にもメリットがあります。
病院内でピアサポートのほかに、「運転免許を考える集い」を行うようになりました。
認知症を理由に家族が「危ないから運転はしないで、免許を返納してほしい」とどんなに話をされても当事者は納得しません。無理やり返納させると「奪われた」という言葉を言うようになります。「運転免許を考える集い」では、運転免許を返納した当事者と返納したくない当事者が話をします。運転免許をやめた時の辛さや現在の気持ちなど、運転免許証返納のメリットとデメリットを伝えます。運転免許証を返納し自分で運転できないと「移動の範囲が狭くなった」「バスの本数がなくて大変」などのデメリットがあることを伝え、「事故がないと思うと気が楽になった」「車の維持費を考えたらタクシー代のほうが安いよ」というようなメリットを伝えることで、運転について当事者自身が考えるようになるのです。数回参加し話をしていると自分から「やめる」となります。自分で運転をやめることを決めた当事者は、その後、運転して家族を困らせたり、「奪われた」とも言ったりしません。無理に返納を進めたりするのではなく「自分で決める」ことを応援しているのです。当事者同士で話をすることで共感が生まれ、自分で考え自ら運転をやめるようになります。
ピアサポートをやっていくうちに元気になってくる当事者がたくさんいます。そして、当事者と話をしていくと、診断された時の気持ち、免許を返納した時の気持ちなど、自分が伝えたいことが出てきます。
そうすると、自分の気持ちや経験をみんなの前で話をしてみんなに知ってもらいたいと講演活動をするようになってきます。
認知症の人だから伝えられることがあります。 薬の副作用や生活のしづらさ、社会の偏見など認知症にならないとわからないこともあります。
認知症の人の話を聞くことで社会が変わると思います。社会が変わることでみんが暮らしやすい社会になります。
これらは「認知症でもできること」ではなく、全て「認知症になったからこそ出来ること」なのです。福祉関係者をはじめ、多くの人に当事者の気持ちなどを知ってもらう大きな役割となっています。
【著者プロフィール】
丹野智文