介護エッセイ「トミちゃん」

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※「家族の会」会員の「福井」さんから、介護エッセイが届きましたので紹介します。


トミちゃん

 2018年2月、私の退職を機におかんのための「単身介護移住」を始めて5年目に入っている。そもそも私にとって母親と一緒に暮らすこと自体半世紀ぶりだ。父親の仕事の関係で、両親が大阪市内から熊本県に引っ越したのは、私が高校1年の頃だった。以来両親とは別の生活で、大阪の高校、関西の大学を卒業した私は札幌が本社の企業に就職し、ずっと九州とは離れた地方で生活してきた。連れ合いは北海道出身、3人の子供たちも、長男が横浜生まれで下の2人は帯広生まれ、みな帯広をはじめ札幌や旭川など北海道内で育った。熊本の実家(ともいい難いが)には正月や子どもの夏休みなど、折々に孫の顔を見せるのが目的で両親宅を訪れることはあったが、地理的にそんなに近くないこともあり、頻繁でもなかった。父が1994年に他界した後はおかんもひとり暮らしのエキスパートとして生活を楽しんでいるようだった。社交的な性格で友人を大勢作り、趣味の書道や俳句でも教室に通ったり仲間うちと小旅行を楽しんだり。また家庭菜園で育てた芋を可愛い孫たちに宅急便で送ったり、たまにその孫に会いに横浜や札幌に出てきたりしていた。言ってしまえば、私が会社勤めを始めてからおかんと積極的に関わることはあまりなく、熊本でひとり元気に暮していること以外にはおかんのことをあまり知らなかったのだ。つまり、半世紀も前に一緒に生活し、というよりは私を育ててくれたひとを、自分が子どものころのときのまま冷凍保存したような状態で今回の「単身介護移住」のときまで過ごしてきたのだ。

 ただ、今回のおかんはアルツハイマー型認知症の進行とともに、私が知っていた「おかん」ではなくなりつつあった。移住は、連れ合いを含めた親族とも相談して決め、私もそれなりの覚悟を持っての選択と思っていたのだが、甘かった。おかんの変わりように私の方が対応できず、「単身介護移住」も時の経過とともに私の心が病んできたように感じ始めた。常にイライラし、憂鬱な気分から抜け出ることが出来ず、おかんにもとげとげしい態度をとってしまう。顔を合わせていないときはそんな自分を反省する。おかんのためにやっていることなのに、実際は逆じゃないか。気を付けよう優しくしなければと思うのに、面と向かってやりとりが始まると余裕がなくなり自制心を失ってしまう。ただ共倒れは何としても避けなければならない。思案の末、家から歩いて数分のアパートを借りて住むようになったのは「単身介護移住」3年が過ぎた2022年5月からだった。幸いそのことで私にも自分の時間ができ、おかんに対しても心にゆとりをもって接することができるようになっていった。またその際に、少しおかんとの間に心理的にも距離をおき、客観的な位置から状況を見て付き合えるようになろうと、おかんのことをトミちゃん(本名トミ子)と呼ぶことにした。日常巻き起こる妙な出来事は、おかん(母)ではなく、トミちゃんがお茶目にやってしまったと頭の中を切り替えると、いくらか平静を保てる。私がどうすればいいか落ち着いて考え、行動することができるようになるはずだ。そもそも認知症という治せない病の症状のせいなのだから、おかん(母)とは、申し訳ないが「心の生前葬」を済ましておき、別キャラのトミちゃんとこれから先気楽に付き合っていこう。

 

・同じ家に住んでいたころ、真夜中「くるぶしが吊る」と私を起こし、大きな湯呑み1杯の水と薬1錠(実は小粒のミント菓子)を飲ませると完治して再び寝床に就くお茶目な(おかん/〇トミちゃん)。

・家事のため朝5時前に自分のアパートを出て、家に戻り台所の流しを見ると、冷凍庫の鮭の切り身(お徳用9切れ入り)とホッケの開き2尾をざるに入れて解凍していたお茶目な(おかん/〇トミちゃん)。

・私に話すことのパターンが5種類くらいになり、それを延々と繰り返すお茶目な(おかん/〇トミちゃん)。

・洗濯物を、洗濯機で洗う過程を飛ばして物干しに掛けるお茶目な(おかん/〇トミちゃん)。

・好物のミカン、つい今しがた食べたことを忘れてどんどんと口にし、2日で1箱(3キロ)完食してしまったお茶目な(おかん/〇トミちゃん)。

・家の西洋式トイレの便座のふたを開けないまま座って用を足してしまったお茶目な(おかん/〇トミちゃん)。

・冬になり日の出時刻が遅くなると、朝の挨拶が「おはよう」から「今、朝かい?」に変わるお茶目な(おかん/〇トミちゃん)。

・デイサービスの帰り、家の玄関先で、送ってくれた職員さんに毎回「今日で最後、しばらく休む」と言いながら、涙目で「お世話になりました」と握手して名刺をせがむお茶目な(おかん/〇トミちゃん)。

・夕方家事を終えて自分のアパートに戻る際、私は必ず「熊本で日本語教師の試験を受ける。明日の昼もどる」と書置きをしておく。次の朝早く私が家に来て、起きてくる前にその書置きを処分しておけば何事もなく一日が始まるお茶目な(おかん/〇トミちゃん)。

95歳の自分が町で一番の長生きだと自慢に思っているお茶目な(おかん/〇トミちゃん)。

 ただ、勝手にそんなことを考えて、いい気になっていた息子に強烈な逆襲パンチが放たれることがある。

・「長生きしてあんたに迷惑かけてるな。ごめんね」としみじみ話す(〇おかん/✖トミちゃん)。

うーん、やっぱりそう簡単には逃れられないか。失礼しました。
この先まだまだ元気な(〇おかん/〇トミちゃん)ではある。

執筆:福井
翻訳:牧野優子、アメミヤ マサコ

 

 

 

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