認知症フレンドリー新聞社を目指して
朝日新聞では2年前から認知症の人にやさしい新聞社になるためのプロジェクトを始めました。なぜいまそんなことを考えたのか……。私たちの取り組みを紹介します。
きっかけ
現在500万人いる日本の65歳以上の認知症の人の数は、団塊の世代が75歳になる2025年には730万人に増加するといわれています。2020年度の認知症の介護・医療費、家族の負担といった「社会的費用」は約17兆円です。国家予算は102兆円ですから、なんと予算全体の17パーセントを占め、2025年には20兆円に膨らむと予想されます。社会保障費の抑制、またはびこる認知症への差別や偏見の解消は新聞社にとって非常に重要なテーマだと私をはじめ何人かの社員が声を上げてプロジェクトチームを立ち上げました。
「徘徊」を使わない
紙面では認知証に関係する記事が年間約1000本掲載されています。なかでも読者に一番インパクトを与えたのは2018年3月に1面に掲載された、朝日新聞はこれから「徘徊」という言葉は使いませんというものです=写真(image1)。
徘徊は辞書には「目的もなくうろうろと歩き回ること」と書かれています。しかし近年、認知症の当事者から「目的もなく」というのは間違いだ。当事者はそれぞれ目的があって外出して、その途中で道を見失っている、と声をあげ始めました。長年認知症を担当している記者が、その思いをくみ取り記事にしました。この記事がきっかけになって、他のメディアでも徘徊を使わない動きが徐々に広がっています。
ウェッブサイトを新設
2018年9月には認知症に特化したウェッブサイト「なかまぁる」を開設しました。認知症の人たちが仲間と一緒に、自分らしい暮らしを続けていくためのウェブメディアを目指しています。現在、月間ページビューは300万と、閲覧数は日本国内の認知症専門サイトとしてはナンバーワンです。なかまぁるでは、当事者の意見や考えをサイトに反映させるため、丹野智文さんが特別プロデューサーとして加わっています=写真(image2)。
厚生文化事業団の取り組み
私が所属する厚生文化事業団では主に認知症に関係するシンポジウムやワークショップを企画・実施しています。2019年には認知症フレンドリーコミュニティーの構築を考えるシンポジウムを開催しました。イギリスやオランダ、インドネシアの識者がパネリストとして参加しました=写真(image3)。それ以外にも高齢者の体力維持や認知症の初歩について学ぶ講座などを開催しています。
なかでもいま一番注力しているのが「認知症フレンドリーキッズ授業」です。小学校4~6年生が対象で、特徴はバーチャルリアリティーを使った認知症の人が見る世界の疑似体験です=写真(image4)。文字や言葉では理解できない認知症の人の状態を映像でわかりやすく再現しています。認知症に対して偏見や差別といった先入観のない幼少期に、正しい理解を授けることが重要だと思っています。
授業では認知症の特徴や、認知症の人との対応方法や話し方を学びます。認知症の人が喜ぶ店やサービスって何かを考えます。その後バーチャルリアリティーで実際に認知症の人が見る世界を体験します。最後は少人数のグループに分かれて認知症フレンドリーコミュニティーづくりを考えます。認知症の人と一緒に暮らす「共生社会」を子どもたちが考える内容です。2019年4月から始め、これまで日本全国で14カ所実施しました。費用は原則無料です。
「キッズ授業」のYouTube動画
https://youtu.be/04TKMRy5K4g
ダンスで高齢期の課題に備える
認知症をテーマに新規事業創出を担当している部署は、認知症の人のインタビューや、バーチャルリアリティーのテクノロジーを使った出張講座「認知症フレンドリー講座」を始めました。認知症の人の思いや考えを知り、ご本人が見えている視点を疑似体験することで、認知症の人とともに暮らす共生社会のあり方を考える内容です。対象は自治体や企業、高校、大学など。自治体などが主催するイベントや、高齢顧客が多い企業の従業員研修、介護福祉士や看護師を養成する教育機関の授業などで多数導入されています。また昨年からエンターテインメント企業のエイベックスとコラボして、認知症など高齢期の課題に備えることが目的のダンスプログラムの提供も始めました。
「認知症フレンドリー講座」のホームページ
https://dementiavr.asahi.com/en/
「リバイバルダンス」のYouTube動画
様々な部署が連携
販売局では2016年3月から、全国紙では初めて配達員たちに認知症サポーターの資格を取らせました。新聞の読者層の中心である高齢者の役に立つと考えました。全国で約5万人いる販売店員・配達員のうち、1割以上の5800人が認知症サポーターになっています。配達員は「ご近所さん」として高齢者を見守る役割を担っています。
広告を扱うメディアビジネス局は「認知症フレンドリー企業勉強会」を実施しました。認知症になっても安心して暮らせる社会は医療、福祉、介護だけでなく、生活に関わるあらゆる企業の理解と協力が不可欠です。製薬企業・補聴器会社・金融関係・保険会社・有料老人ホーム運営会社・食品会社に参加してもらい、企業として認知症にいかにアプローチしていくべきかを学んでもらいました。
いま認知症の当事者が次々に「自分は認知症だ」と声をあげています。朝日新聞は、こうした声をすくい上げ拡声し、認知症に対して偏見や差別のない世の中、ひいては日本が「認知症フレンドリーカントリー」になるよう様々な面でサポートしていくつもりです。
【著者プロフィール】
山本雅彦
朝日新聞厚生文化事業団大阪事務所長。1984年朝日新聞社入社。写真部長、徳島総局長などを経て2014年から現職。両親の介護体験を通じて認知症の人にやさしい地域づくりの大切さを知る。公共政策として認知症へアプローチする取り組みをテーマに、講演会やワークショップを企画、開催している。
【公開連絡先】
朝日新聞厚生文化事業団ホームページ
http://www.asahi-welfare.or.jp/
山本雅彦のメールアドレス
Yamamoto-m5@asahi.com