日本の認知症カフェと家族会文化

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日本の認知症カフェの始まりと広がり

研究留学を終えた慶応義塾大学大学院・堀田聰子(ほったさとこ)教授が帰朝報告会でオランダ・アルツハイマーカフェを紹介したのは2011年のクリスマスのこと。それまでの日本になかった「認知症の人、家族、地域住民、専門職が対等な立場で場を共にする」というコンセプトが集まった官民の関係者を惹きつけました。その後「認知症カフェ」と翻訳されたこの取り組みは、市民のボランティア精神と政府の後押しがうまくかみ合い日本中へ広がりました。
政府は2020年3月時点で国内に7988ヶ所の認知症カフェがあると発表しています。ただし公的な補助金を受けていない小さなカフェが含まれていなかったり、多めに集計されている自治体があるとみられるなど正確な数は不明です。確かなのは日本の認知症カフェが今や質量ともに世界に類を見ないユニークな活動に成長したということでしょう。
私はこの認知症カフェを専門に取材するおそらく日本唯一のジャーナリストです。これまで認知症カフェ6300ヶ所のリストを公開し、240ヶ所を訪問し、60ヶ所を映像作品に収めてきました。
さらに2020年6月、私は一冊の本を書きました。平易な文章とカラフルな写真で全国の認知症カフェを取り上げた“ガイドブック”です。この本には独自の分類に基づいて28か所のカフェを載せました。100人以上集まる大きなカフェ、個人宅のカフェ、美術館のカフェ、海のカフェなど様々な実例がある中、掲載順1番目に選んだのは栃木県宇都宮市の「石蔵カフェ(Ishikura cafe)」でした。

100人以上集まる大きなカフェ「土橋カフェ(Tsuchihashi cafe)」(神奈川県川崎市)

海のカフェ「ナミ・ニケーション(Nami-nication)」(神奈川県鎌倉市)

 

象徴的存在としての「石蔵カフェ」

「石蔵カフェ」は国内で最も早く始まったカフェのひとつです。きっかけを作ったのは認知症の人と家族の会・栃木県支部のメンバーで若年性認知症当事者であった杉村幸宏(すぎむらゆきひろ)氏。「認知症になっても社会の役に立ちたい」と願う杉村氏が、家族会の仲間とともに鬼怒川のほとりの石造りの蔵でカフェを始めたのが2012年7月のことでした。同じ年に始まった東京都国立市「認知症カフェ」、東京都目黒区「Dカフェ・ラミヨ(Lamiyo)」、京都府京都市「オレンジカフェ今出川」とともに日本の認知症カフェのまさに草分けです。
なかでも杉村氏と「石蔵カフェ」は一種のアイコンとなりました。まだ認知症であることを公にして活動する当事者が少なかった時代にカフェのマスターとしてはつらつと働く杉村氏の姿がメディアから注目されたのです。特に国内最大のテレビ局・NHKの認知症啓発キャンペーンの題材として繰り返し取り上げられ、多くの視聴者が「認知症になってもおしまいではない」というメッセージとともに認知症カフェの存在を知ることになりました。
その後「石蔵カフェ」では飲み物やケーキだけでなくランチを出すようになり、調理スタッフが増え、そのための野菜を寄付してくれる地元の農家などともつながりができました。また代表者・金澤林子(かなざわしげこ)氏が「ここではなにをしてはいけないということは一切ありません」というように、歌をうたう専門職や、折り紙を教えるボランティア、カフェには来られなくても店内の装飾や販売物を作る障害のある人々などが加わりました。

 

「石蔵カフェ」(栃木県宇都宮市)

 

源流としての家族会文化

私は2020年の本のなかで日本の認知症カフェを「拡散するカフェ」と「特化するカフェ」に分類しました。端的にいうと、変化しながら活動の幅を広げていくのが「拡散」型、ブレずに独自のスタイルを洗練させていくのが「特化」型です。そして私にこの分類のインスピレーションを与えてくれたのが前者の代表例である「石蔵カフェ」でした。なお後者の典型例はオランダ・アルツハイマーカフェタイプの取り組みです。やるべきこと・やるべきでないことが明確で、10年20年と変わらずにカフェを継続していくことを理想とします。
おそらく機能的で一貫性のある「特化するカフェ」の方が保険制度や認知症施策との相性がいいでしょう。かたや場当たり的な「拡散するカフェ」は素人の日曜大工のように安普請に見えるかもしれません。しかし両者を分けるのは「カフェが人に合わせるか、人がカフェに合わせるか」という主体性をめぐる価値観の違いであり、本質としての優劣ではありません。
私は「相手に合わせる」「融通無下に形を変える」という「拡散するカフェ」の特徴に日本のドメスティックな対人支援観が表れていると感じています。「石蔵カフェ」を立ち上げた認知症の人と家族の会・栃木県支部のみなさんのようにひとりひとりの声に耳を傾けてきた家族会活動はその源流のひとつでしょう。
アルツハイマーカフェが日本に伝えられておよそ10年。世界に類を見ない認知症カフェ文化を作り上げてきたすべての人に敬意を持ちながら、これからもこのユニークな取り組みについて伝えていきたいと思います。

 

【著者プロフィール】

コスガ聡一
フォトグラファー。ジャーナリスト。『全国認知症カフェガイドブック』(クリエイツかもがわ、2020年)著者。朝日新聞社『なかまぁる』(https://nakamaaru.asahi.com/)記者。

【公開連絡先】
メール:kosuga_desuga@hotmail.com

 

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