【HGPI政策コラム】(No.36)-認知症政策チームより-祝!認知症基本法成立~法律の概要とHGPIの提言を振り返る~

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<POINTS>

  • 2023年6月14日、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が成立した
  • この法律は、2019年に一度自民党・公明党によって法案が提出されたが成立に至らず、2021年に成立した超党派議連によって内容の見直しが進められていた
  • HGPIでも認知症基本法に対して積極的に政策提言やアドボカシー活動を展開し、共生社会構築や当事者参画といった理念を重視した法律の成立に貢献した

2023年6月14日参議院での可決を受け、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(以下、認知症基本法)が成立した。日本医療政策機構 認知症政策プロジェクトでは、長年にわたり認知症基本法に向けたマルチステークホルダーでの議論や、立法府内での勉強会の開催、多数の政策提言、アドボカシー活動を展開してきた。本コラムでは、認知症基本法の概要を紹介すると共に、日本医療政策機構の提言によって、前身の2019年に自民党・公明党により提出された法案と比較してどのような変化が生まれたのか、そして認知症基本法成立後、施行に向けて課題についても考える。

認知症基本法案の概要

  1. 目的
    認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができるよう、認知症施策を総合的かつ計画的に推進する。認知症の人を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会(=共生社会)の実現。
  2. 基本理念
    認知症施策は、認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができるよう、1~7を基本理念として行う。

    1. 全ての認知症の人が、基本的人権を享有する個人として、自らの意思によって日常生活及び社会生活を営むことができる。

    2. 国民が、共生社会の実現を推進するために必要な認知症に関する正しい知識及び認知症の人に関する正しい理解を深めることができる。

    3. 認知症の人にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるものを除去することにより、全ての認知症の人が、社会の対等な構成 員として、地域において安全にかつ安心して自立した日常生活を営むことができるとともに、自己に直接関係する事項に関して意見を表明する機会及び社会のあらゆる分野における活動に参画する機会の確保を通じてその個性と能力を十分に発揮することができる。

    4. 認知症の人の意向を十分に尊重しつつ、良質かつ適切な保健医療サービス及び福祉サービスが切れ目なく提供される。

    5. 認知症の人のみならず家族等に対する支援により、認知症の人及び家族等が地域において安心して日常生活を営むことができる。

    6. 共生社会の実現に資する研究等を推進するとともに、認知症及び軽度の認知機能の障害に係る予防、診断及び治療並びにリハビリ テーション及び介護方法、認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすための社会参加の在り方及び認知症の人が他の人々と支 え合いながら共生することができる社会環境の整備その他の事項に関する科学的知見に基づく研究等の成果を広く国民が享受できる環境を整備。

    7. 教育、地域づくり、雇用、保健、医療、福祉その他の各関連分野における総合的な取組として行われる。

  3. 国・地方公共団体の責務等
    国・地方公共団体は、基本理念にのっとり、認知症施策を策定・実施する責務を有する。
    国民は、共生社会の実現を推進するために必要な認知症に関する正しい知識及び認知症の人に関する正しい理解を深め、共生社会の実現に寄与するよう努める。
    政府は、認知症施策を実施するため必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講ずる。
    ※その他保健医療・福祉サービス提供者、生活基盤サービス提供事業者の責務を規定
  4. 認知症施策推進基本計画等
    政府は、認知症施策推進基本計画を策定(認知症の人及び家族等により構成される関係者会議の意見を聴く。)
    都道府県・市町村は、それぞれ都道府県計画・市町村計画を策定(認知症の人及び家族等の意見を聴く。) (努力義務)
  5. 基本的施策
    1. 【認知症の人に関する国民の理解の増進等】
    国民が共生社会の実現の推進のために必要な認知症に関する正しい知識及び認知症の人に関する正しい理解を深められるようにする施策

    2. 【認知症の人の生活におけるバリアフリー化の推進】
    認知症の人が自立して、かつ、安心して他の人々と共に暮らすことのできる安全な地域作りの推進のための施策
    認知症の人が自立した日常生活・社会生活を営むことができるようにするための施策

    3. 【認知症の人の社会参加の機会の確保等】
    認知症の人が生きがいや希望を持って暮らすことができるようにするための施策
    若年性認知症の人(65歳未満で認知症となった者)その他の認知症の人の意欲及び能力に応じた雇用の継続、円滑な就職等に資する施策

    4. 【認知症の人の意思決定の支援及び権利利益の保護】
    認知症の人の意思決定の適切な支援及び権利利益の保護を図るための施策

    5. 【保健医療サービス及び福祉サービスの提供体制の整備等】
    認知症の人がその居住する地域にかかわらず等しくその状況に応じた適切な医療を受けることができるための施策
    認知症の人に対し良質かつ適切な保健医療サービス及び福祉サービスを適時にかつ切れ目なく提供するための施策
    個々の認知症の人の状況に応じた良質かつ適切な保健医療サービス及び福祉サービスが提供されるための施策

    6. 【相談体制の整備等】
    認知症の人又は家族等からの各種の相談に対し、個々の認知症の人の状況又は家族等の状況にそれぞれ配慮しつつ総合的に応ずることができるようにするために必要な体制の整備
    認知症の人又は家族等が孤立することがないようにするための施策

    7. 【研究等の推進等】
    認知症の本態解明、予防、診断及び治療並びにリハビリテーション及び介護方法等の基礎研究及び臨床研究、成果の普及 等
    認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすための社会参加の在り方、他の人々と支え合いながら共生できる社会環境の整備等の調査研究、成果の活用 等

    8. 【認知症の予防等】
    希望する者が科学的知見に基づく予防に取り組むことができるようにするための施策
    早期発見、早期診断及び早期対応の推進のための施策
    ※その他認知症施策の策定に必要な調査の実施、多様な主体の連携、地方公共団体に対する支援、国際協力

  6. 認知症施策推進本部
    内閣に内閣総理大臣を本部長とする認知症施策推進本部を設置。基本計画の案の作成・実施の推進等をつかさどる。
    ※基本計画の策定に当たっては、本部に、認知症の人及び家族等により構成される関係者会議を設置し、意見を聴く。

HGPIの提言、そして2019年自公案との比較

前述の通り、認知症基本法案は一度、2019年に自民党・公明党による議員立法(以下、自公案)として提出された。特に公明党では2015年ころから認知症基本法の必要性が議論されていた。しかし、2019年に提出された自公案は議論がし尽されたとは言い難い部分もあり、関係者から様々な意見が挙がっていた。その翌年からは新型コロナウイルス感染症の対応に追われ、自公案も国会での議論が進まないまま、時間が経過することとなった。
そうした中、2021年6月に超党派議連「共生社会の実現に向けた認知症施策推進議員連盟」が発足し、2022年の参議院議員選挙後には新たな認知症基本法案に向けた本格的な議論が始まった。1年弱をかけた議論の末、超党派で合意された新たな認知症基本法案が取りまとめられた。5月中の各党での法案審査を経て国会に提出、可決・成立となった。
日本医療政策機構では、2022年9月に「緊急提言」2023年1月には認知症関係当事者・支援者連絡会議と合同で提言を公表した。さらにメディアブリーフィングやアドボカシー活動を積極的に展開してきた。以下では、当機構による提言の一部を参照しつつ、2019年からの変化をご紹介したい。

(HGPI2022年9月提言)

国民の責務として、「予防」ではなく「共生社会構築への参画・協力」の明記を

<2019年時法案>
第八条 国民は、認知症に関する正しい知識を持ち、認知症の予防に必要な注意を払うよう努めるとともに、認知症の人の自立及び社会参加に協力するよう努めなければならない。

<今回成立した認知症基本法>
第八条 国民は、共生社会の実現を推進するために必要な認知症に関する正しい知識及び認知症の人に関する正しい理解を深めるとともに、共生社会の実現に寄与するよう努めなければならない。

(HGPI2022年9月・2023年1月提言)

「認知症施策推進協議会」(仮称)の設置と当事者委員の参画の明記を

<2019年時法案>
関連項目なし

<今回成立した認知症基本法>
第三十三条 認知症施策推進本部に、に規定する事項を処理するため、認知症施策推進関係者会議を置く。

第三十四条
2 関係者会議の委員は、認知症の人及び家族等、認知症の人の保健、医療又は福祉の業務に従事する者その他関係者のうちから、内閣総理大臣が任命する。

※抜粋のため表記を一部HGPIにて修正。

(HGPI2022年9月・2023年1月提言)

研究開発における「患者市民参画(PPI)」の明記を

<2019年時法案>
第二十条 国及び地方公共団体は、認知症の本態解明、認知症及び軽度認知障害の予防、診断及び治療に関する方法の開発その他の認知症の予防等に資する事項並びに認知症の人の状態に応じたリハビリテーション及び介護方法の開発その他の認知症の人の生活の質の維持向上等に資する事項についての基礎研究及び臨床研究の促進、その成果の活用その他の必要な施策を講ずるものとする。

2 国は、前項の施策を講ずるに当たっては、官民の連携を図るとともに、全国的な規模の追跡調査の実施の推進、治験の迅速かつ容易な実施のための環境の整備その他の認知症に関する研究開発の基盤を構築するために必要な施策を講ずるものとする。

<今回成立した認知症基本法>
第二十条 国及び地方公共団体は、認知症の本態解明、認知症及び軽度の認知機能の障害に係る予防、診断及び治療並びにリハビリテーション及び介護方法その他の事項についての基礎研究及び臨床研究の推進並びにその成果の普及のために必要な施策を講ずるものとする。

2 国及び地方公共団体は、認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすための社会参加の在り方、認知症の人が他の人々と支え合いながら共生することができる社会環境の整備その他の事項についての調査研究及び検証並びにその成果の活用のために必要な施策を講ずるものとする。

3 国は、共生社会の実現に資する研究等の基盤を構築するため、官民の連携を図るとともに、全国的な規模の追跡調査の実施の推進、治験の迅速かつ容易な実施のための環境の整備、当該研究等への認知症の人及び家族等の参加の促進、当該研究等の成果の実用化のための環境の整備、当該研究等に係る情報の蓄積、管理及び活用のための基盤の整備その他の必要な施策を講ずるものとする。

 

(HGPI2022年9月提言)「早期発見・早期診断・早期対応」と「相談体制の整備」の一体的な明記を

<2019年時法案>
第十七条 国及び地方公共団体は、認知症及び軽度認知障害の予防の推進のため、予防に関する啓発及び知識の普及、予防に資すると考えられる地域における活動の推進、予防に係る情報の収集その他の必要な施策を講ずるものとする。

2 国及び地方公共団体は、認知症及び軽度認知障害の早期発見及び早期対応を推進するため、介護保険法第百十五条の四十六第一項に規定する地域包括支援センター、医療機関、民間団体等の間における連携協力体制の整備その他の必要な施策を講ずるものとする。

<今回成立した認知症基本法>
第二十一条 国及び地方公共団体は、希望する者が科学的知見に基づく適切な認知症及び軽度の認知機能の障害の予防に取り組むことができるよう、予防に関する啓発及び知識の普及並びに地域における活動の推進、予防に係る情報の収集その他の必要な施策を講ずるものとする。

2 国及び地方公共団体は、認知症及び軽度の認知機能の障害の早期発見、早期診断及び早期対応を推進するため、介護保険法第百十五条の四十六第一項に規定する地域包括支援センター、医療機関、民間団体等の間における連携協力体制の整備、認知症及び軽度の認知機能の障害に関する情報の提供その他の必要な施策を講ずるものとする。

 

以上が、これまでに当機構が行ってきた認知症基本法に対する主な提言と、2019年時点の法案と今回成立した法律の変化・比較である。当機構では、当機構が掲げる「市民主体の医療政策の実現」というミッションに基づき、一貫して「共生社会を重視した認知症基本法」と「政策形成過程と研究開発への当事者参画の推進」を提言してきた。政策提言の公表やアドボカシー活動を続ける中で、産官学民の多くの関係者から政策提言に対する賛同を得られ、立法府の各議員からも多くの理解を得ることができた。

もちろん政策形成過程においては1つのシンクタンクの提言がそのまま反映されることはあり得ず、今回も当機構の提言と同様の内容が各方面から訴えられたことで、新たな認知症基本法の成立に至ったことは付言しておきたい。

今後への期待と課題

さて関係者の念願かなって認知症基本法が成立したわけであるが、これはあくまで「スタート」であって「ゴール」ではない。認知症基本法に掲げた理念が実現するよう、政府のみならず、産官学民の関係する全てのステークホルダーが主体的に活動を進めることが求められる。最後に、今後への期待と課題として論点を3つ提示しておきたい。

・研究開発への当事者参画
上述の通り、当機構では「研究開発への当事者参画」を掲げてきた。これに関連して、2022年度には「認知症の本人・家族と共に推進する研究開発体制の構築に向けて~共生社会と研究開発の両輪駆動へ~」と題した通年のプロジェクトを実施し、さらに2023年4月にはこれらを踏まえた政策提言を公表した。(詳細は「【政策提言】認知症の本人・家族と共に推進する研究開発体制の構築に向けて~共生社会と研究開発の両輪駆動を目指して~」を参照)
今後は、研究開発への当事者参画を推進するための研究者・研究機関等との連携や当事者との連携、情報発信を担うプラットフォーム機能の構築が求められる。具体的な検討に向けて当機構でも引き続き検討・議論の場を設けていきたい。

・政策形成過程への当事者参画
今回成立した認知症基本法では、都道府県や市町村(特別区を含む)に対し、認知症施策推進計画の策定が努力義務として課された。これにより、より多くの認知症の人や家族等が国や地方自治体の政策形成過程へ参画することが期待される。一方で、これまで当機構が関わってきた自治体の認知症施策に関する取り組みに対する調査では、政策形成過程への当事者参画が十分とはいえない状況が確認されている。

例えば認知症に特化した基本計画に関するアンケート調査では、「策定済みもしくは策定作業中」と答えた市町村(61)のうち、「計画の検討・策定の過程への本人参加」について、30の自治体では「いずれもなし」、その次に多かったのは18の自治体で「家族の会や地域の支援団体、介護事業所等から間接的に本人の意見を聴取」という状況であった。(人とまちづくり研究所(2023)「令和4年度老人保健健康増進等事業 認知症の人本人の声を市町村施策に反映する方策に関する調査研究事業 報告書」, p112)

当機構が昨年公表した政策提言「政策形成過程における患者・市民参画のさらなる推進に向けて ~真の患者・市民主体の医療政策の実現を目指して~」の取りまとめに当たっても、疾患横断的な課題として、患者・当事者の政策形成過程への参画が挙げられていた。

この点については、参画を求める自治体側の環境整備はもちろんのこと、当事者側も当事者リーダーとしての役割が特定の個人に集中し負担をかけすぎないようにすることや、他のステークホルダーとの協働の進め方や政策形成過程の理解、他疾患領域の当事者活動から学びを深めるなど、取り組むべきことは多いと言えるだろう。

・都道府県・市町村における計画策定
上述の通り、基本法では都道府県や市町村(特別区を含む)に対し、認知症施策推進計画の策定が努力義務として課されているが、この点も留意が必要である。

2022年の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」では、国と地方の新たな役割分担の在り方として、「…国が地方自治体に対し、法令上新たな計画等の策定の義務付け・枠付けを定める場合には、累次の勧告等に基づき、必要最小限のものとすることに加え、努力義務やできる規定、通知等によるものについても、地方の自主性及び自立性を確保する観点から、できる限り新設しないようにするとともに、真に必要な場合でも、計画等の内容や手続は、各団体の判断にできる限り委ねることを原則とする。あわせて、計画等は、特段の支障がない限り、策定済みの計画等との統合や他団体との共同策定を可能とすることを原則とする。…」(「経済財政運営と改革の基本方針2022」より)としている。

現行でも多くの自治体が、介護保険事業計画・高齢者保健福祉計画の中に認知症施策を位置づけているため、無駄のない計画の在り方が求められる。計画を作ることを目的として、他自治体の引き写しのような計画を作ったり、コンサルティング会社に丸投げしたりといったことになれば本末転倒である。各地域の当事者組織は、基本法の理念に則り、中止することも必要である。またそうしたことを防ぐための「当事者参画」であるとも言うことができる。またこれまで当機構でも注目を続けている認知症条例も、自治体独自の理念を位置づけるために有効な手段である。

以上、今回のコラムでは、ようやく成立を迎えた認知症基本法の概要と、当機構の提言がどのように活かされたか、そして今後検討すべき論点についてご紹介した。

【執筆者のご紹介】

栗田 駿一郎(日本医療政策機構 シニアマネージャー/認知症未来共創ハブ 運営委員)

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