認知症診療と家族支援の30年
時が経つのは早い。私が認知症専門の精神科医になってから2021年で30年を迎える。今では神経内科や脳外科など、多くの科目が認知症を専門とするようになっているが、当時は認知症の行動心理症状に対応できる科目として、われわれ精神科が前面に立っていた。
精神科医であることが私には幸いした。現在でも一般的な「認知症外来」は画像診断や神経心理学的検査などをおこなったのちに、定期的な通院や処方を中心とした外来が多いが、精神科医として精神療法(心理療法)を学んできた私は認知症当事者が初期に経験する悩みや不安などに対して、診断された後の当事者のこころと向き合う「カウンセリング中心の外来」を展開することができたからである。
認知症当事者と向き合う診療
当院に来院する認知症当事者の中には、誰にもそのことを伝えられず、ひとりで不安や恐怖と向き合いながら日々を送り、ようやく私の外来に来た人が少なくない。それゆえ私は自らの役割を、当事者が大病院や大学病院で診断を受けた後、彼らが生活している地域で対話しながら人生を共に過ごすような「伴走」型の外来だと感じたのである。
来院する当事者との付き合いは平均10年、長い場合には軽度認知障がいの段階から数えると20年以上になる。認知症のためにいくつかの不都合はあっても、認知症になったからといって人生が終わったのではなく、なってからが勝負であることを日々の臨床で力説し続けている。
「家」の概念を超えて
日本ではかつて「家」の概念が強く、個人より「家」を守ることが大切にされてきた。「家」の中で認知症により介護が必要な人が出ると、ケアするのは「家」であると当然のように思われていた。私が認知症の臨床を始めた1990年頃でもその傾向は残っていて、「認知症のケアを担うのは家、そして女性」という考えが続いていた。
その現状を見るたび、私は認知症当事者とともに介護家族をサポートすることの大切さを感じるようになった。「家」を守ることが大切だとしても、そのために家族とくに女性が介護に人生をささげるのではなく、介護家族が自らの人生を全うできることこそ大切だからである。当時の日本において介護家族は認知症当事者と並んで第2の被害者と言えただろう。
当然のごとく私の外来では当事者と並んで家族のこころを支えることが大切な柱となった。当事者に起きていることをわかりやすく家族に伝え、介護家族のこころが少しでも安心できるような、心理教育プログラムをベースとした院内の家族会を作った。カウンセリングと「支えあい」によって、家族の心理的負担を軽くすることが大切だと感じたからである。
善意の加害者を出さない!
その背景には先に書いた「家」の概念による介護を続ける介護家族が、たとえ善意や熱意を持って介護していたとしても、社会から孤立して日々を過ごすうち、認知症介護に「燃え尽きる」ことが多く、善意の介護であったはずの家族が、追いつめられることによって不適切な行為に及ぶことが多かったからである。このような「善意の加害者」が増えないためのカウンセリングこそ不可欠であると感じた。
そのような外来を展開してきた私は「認知症の人と家族の会」のメンバーでもある。1980年に発足した世界でも最古参の家族会である会に参加したのが2000年であった。専門医の立場を続けながら、介護家族がお互いをエンパワーすることの大切さを日々の臨床から感じていた事も理由の一つである。また、多くの家族の声を反映して、この国の「家」の概念を打破して、介護の社会化を目指すには、このような連帯が不可欠だと感じたためである。
日本では2000年の春にこれまでの国民皆保険と並んで介護保険を導入した。女性が介護に人生をささげるのではなく、介護の社会化が必要であることを謳ったこの介護保険は、始まって20年たった今、よりその役割が大きくなっている。
私自身も介護者
最後に告白するが、私自身も家族同士の支え合いや介護保険にこれまで助けられてきた。専門医である私は長年にわたる家族介護者でもあったからである。妻の母親の27年間の介護生活のなかで、そのうちの20年間、私たちは京都の自宅で同居し、彼女を見送った直後に、今度は妻のパーキンソン症状が始まり、それから7年間、「介護する夫」になった私は、専門医であると同時に介護家族としての人生を送って来た。介護を支援する側とされる側の垣根は限りなく低い。
「認知症の人と家族の会」が掲げる介護者同士の支え合いの力は、私のこれまでの臨床における当事者や家族のサポートを支える力そのものである。私はこの理念をもとに、人生をかけてこれからも認知症の臨床を続けていきたい。
【著者プロフィール】
松本一生
松本診療所ものわすれクリニック院長
筆者所属「松本診療所」プロフィール
1951年 歯科医師、内科医の両親が大阪市内に松本診療所を開設
1983年 筆者が歯科医師となり口腔ケアを研究
1991年 筆者が医師(精神科医)となり認知症医療開始
1993年 認知症を対象とした院内デイケアを開始
1993年 家族支援のための院内「家族会」開始 心理教育開始
2011年 内科や歯科を閉鎖して認知症診療のみの診療となる
2021年 創立70周年 コロナ禍を経験し、今こそ当事者のこころを支える
認知症診療所が必要だと考え新築移転予定